偶然だぞ?
意図してやったことではない、とノブナガは当初胸を張って答えられた。
なぜならそれは、偶然とかそういう部類の話であって、ノブナガが何か裏工作して成立した状況ではなかったからだ。偶然外に出て、偶然ぶらぶら歩いてて、偶然通りかかっただけの話なのだ。
そこにがいるだなんて、万に一つも思ってなどいなかったのだ。
『ノブナガさん、気分でも悪いんですか?』
聞こえてきた声に視線を向けると、こちらを覗き込んでくるの顔があった。手には缶ジュース。そう言えばさっき、買いに行くからと好きな銘柄を聞かれていた気がする。
ノブナガはのろのろと緩慢な動作で、いつの間にかベンチでのけぞっていた上半身を起こすと、差し出された缶ジュースを手に取った。缶を受け取ったときに伝わってきたのオーラは、どこか浮かれているように弾んだ色彩を放っていた。
『悪ぃな』
『どういたしまして』
それに気をよくしたノブナガは、幾分明るい調子で言葉を返す。
は笑って頭を下げると、自然な動作で隣に腰掛けた。ノブナガも特に何も言わず、それぞれがぞれぞれの缶を開けて中身を口にする。ハロウィンだなんだと模様替えをした町並みは、オレンジ色やら黒やらが溢れていて、明かりがうっとうしいものもあるが、大概は綺麗で心浮き立つものばかりだ。
ノブナガは自分のポケットを片手で漁ると、指先の感覚で目的のものを数枚とまた別のものをいくつか握りこむ。そしてすぐに拳をポケットから出すと、隣へと視線を移した。
『、こっちむけ』
『なんですか?』
満面の笑顔が向き直り、ノブナガは一瞬動きを止めた。
ノブナガと会話をしているときのは、どちらかと言うと機嫌が良い。それは言葉が通じるという、他のメンバーには持ち得ない特性のお陰なのだが、それに付随してはノブナガに懐いてしまっていた。
ノブナガも笑顔を向けられ懐かれる分には問題なく、むしろ最初に目をつけたのはノブナガのほうなので、他の誰に何を言われようともを可愛がっている。
不名誉な愛称を頂いてしまったが、その意味をは理解していないので問題はない。
理解させようと企む数名のメンバーから、その都度隔離したりパクノダに協力を要請するという情けないエピソードもあるが、にばれていないのでノブナガとしては問題にもなっていない。
『ノブナガさん、なんですか?』
の中では、一番信頼の置ける人物となっているらしいと感じているからには、その信頼を裏切らぬように動くだけだ。心地良いこの関係を、ノブナガは自らぶち壊すような間抜けではない。
『ああ、駄賃だ』
『え、そんないいのに』
思わずといった風にノブナガの差し出した手を見て、自分の手を隠そうとする。ノブナガはそれに思わず笑みを漏らし、良いからとっておけよと拳を目の前に差し出した。
『いいから』
ずいと鼻先数ミリまで拳を突き出すと、根負けしたが手のひらを差し出してくる。ノブナガはいい子だなとか言いながら、その手のひらの上で自分の手をそっと開いた。チャリンと金属のぶつかる音と一緒に、セロファンに包まれたような音がこぼれだす。
その音にの目が不思議そうに細められるが、ノブナガは知らんフリでベンチに座りなおし、缶の中身を煽る。
はノブナガの方向に体をねじったまま、缶を自分の足の間に挟むと、手のひらにおかれた物を指先でつつきだした。一本分のジュース代としては幾分か多い小銭と、赤や青や緑のセロファンに包まれた、キャンディー型にねじってある小さな包み。
その顔が段々と嬉しそうに綻んで、瞳をきらきらと輝かせ始めたのを横目で見ると、ノブナガは聞こえないように笑い声をこぼした。ああ、上手くいったとまた缶の中身を口にする。
『これって、飴ですか?』
『ハロウィンだろ』
『ハロウィンは、今月の終わりの一日だけですよ? どこで買ったんですか』
『持ってただけだ。偶然』
『偶然、ですか』
ふふと明るい笑い声が聞こえると、ノブナガはばれてるかなと空を見上げる。
全て偶然なのだ。と街でばったり会ったことも、ポケットに飴が入っていたことも、街がハロウィン色に染まっていたことも、全て全て。
後頭部を掻いてわざとらしくノブナガが欠伸をすると、がまた楽しそうに笑う。ノブナガもその笑顔を視界に入れて、つられて笑う。
『偶然なんですよね、本当に』
『ああ、お前が飴好きかどうかもしらねぇな』
『ええー?』
にやにやとした笑みを浮かべて、ノブナガににじり寄ってくるに、そ知らぬ振りして表情から力を抜く。
最後の一言は余計だったかと、記憶を掘り起こしながらノブナガは己の失態に気づいた。ほんの数日前に、何の偶然か菓子の話になって、その中に飴の話題もあったのだ。今の今まで忘れていながら、けれどその飴を持っていた自分に舌打ちをしたくなる。
『ふふ、ありがとうございます』
けれどもはそれ以上追求はして来なくて、大人しく座りなおしたかと思うと、ひとつ飴の包みを広げ、中身を口に放り込んでいた。
空になった色の濃いセロファンは、綺麗に引き伸ばされて空へと掲げられる。太陽でも透かし見ているような動きに、ノブナガも自然と空を見る。昼少し過ぎという時間帯もあって、太陽は高く空は青い。
『ノブナガさん、見ます?』
肩を小さな力で叩かれると、見上げている空にオレンジ色と黒が混ざり、どこかハロウィンかぼちゃの笑い顔の模様を作り上げていた。おいおい、そこまで無意識に出来るのかよとノブナガが振り向くと、先ほどまでが透かしていたセロファンを差し出されていた。
『いや、おれはいい』
残念そうな顔をされてしまったが、ノブナガはそれよりも見たいものが出来ていた。もうすでに離れているの手を握り、驚くのも構わずに空を見上げる。
『お前の手、握ってた方が面白いからな』
『なんですか、それ』
空になった缶をベンチの端にノブナガが置くと、も飲み干したのか同じように端に置く。そしてため息をひとつついて、ノブナガの手を握り返した。
『このあと、一緒に遊んでくれるならいいですよ』
『ハロウィンコーナー巡りか?』
『ハロウィン期間限定デザート巡りでも良いですよ』
『たまに日本式の幽霊混じってるぞ』
『え、どこにどの幽霊が?』
『飾りつけコーナーに一反木綿が居た。ありゃーなしだろ』
『えー、ありだと思います! それより見たい!』
『じゃあ、あとでな』
『あとでですね』
ノブナガは空を見上げながら、は街を眺めながら、お互い同時に吹き出して顔を見合わせ笑い合った。
ノブナガがと今日この日に会ったのはわざとではなかった。
飴を持っていたこともわざとではなかった。
メンバーに黙って出かけたのもいつものことだった。
『、今日会ったのは偶然だからな?』
『分かってます。偶然です』
飴を買ったのは、今日街をぶらついて駄菓子屋に寄ったらの顔を思い出してしまった所為で、そのまま一掴み買ってしまっていただけだし、街がハロウィン色に染まっていたことは、昨日のパクノダがは楽しみにしていると話していたから知っただけだし、とばったり広い街中で出くわしたのも、そう言えば店用の菓子の買出しに行く店があそこだと聞いていただけであって、決してわざとではなかった。
『他の奴らにおれがあの店、行ってたなんて言うなよ』
『頑張ります』
全て無意識のうちに遂行されてしまった出来事であって、ノブナガは胸を張って裏工作など一切していないと言い切ることが出来る。
『じゃあ、そろそろ行きましょうよ。可愛いお店があるんです』
だからの笑顔を見ても胸があたたかくなるし、シャルナークたちが付いてこようとするのを撒いたことに対する罪悪感など、ノブナガは欠片も持ってはいなかった。
なぜなら全ては偶然だから。
back