衣装:ウボォー編
はクロロに食って掛かるノブナガをなだめながら、着替えるから衣装をくれるように他の人にお願いする。プレゼントをもらう立場ながら、もう着るからとクロロたちを追い出すしか場をおさめる手立てがない気がして、主賓でありながらもどこかは必死に頼んだ。
『ノブナガさん! もういいですから! もう大丈夫ですから!』
『お前を無理矢理脱がせようとしたんだぞ! 下心なしなんてうそくせぇ!』
『いやいやいや! 団員が団長信じなくてどうするんですか!』
『それとこれとは別だー!』
「ぱくー!!」
名前を呼ばれたパクノダは、一部始終を見ることなく他の団員と衣装を運び込む作業をしていたが、止められずに困りきったを見ると、シャルナークと目配せをして瞬時にノブナガの首筋を狙う。
それに気づいたノブナガが、腰にをしがみつかせたまま体を捻るが当たり前の様に普段より隙が多く、シャルナークの脳天蹴りで動きが一気に鈍くなる。それを見たパクノダは、クロロに下がるよう目配せをしてノブナガの腹に蹴りを入れる。腕を交差して防ぐノブナガだったが、このままでは背後のドアにごとぶつかると察知し、防御よりもを自分から引き剥がすことに意識を向け、あえなく部屋の外へと吹っ飛んでいった。
凄まじい音と家鳴りを響かせ震わせた一連の出来事に、修道女姿のパクノダは一段落ついたと片足を下ろして息を漏らす。シャルナークも食って掛かられたクロロも肩から力を抜くが、吹っ飛ばされウボォーとフェイタンに受け止められたは、速すぎる展開についていけなかった。
呆然と目の前の煙を見つめ、口を開けっ放しにしてしまう。
「さ、ドアは布被せておくから服に着替えて見せてね」
「きっと似合うよ。可愛いだろうな」
パクノダとシャルナークは何事もなかったように微笑み合い、自分達の選んだ服を着たを想像でもしたのか、とても優しい眼差しでを見る。
「おれが最初だったよな、一人で着られるか?」
ウボォーも爽やかに犬歯を見せつつ顔を覗き込み、反射的にはがくがくと首を振る。機微に気づかないウボォーは、んじゃ取ってくると手を離して衣装の袋を取りに行く。
体のバランスが取れなかったは、自然と傾きよろめいたがすぐに反対側へと引っ張られる。フェイタンがつまらなそうに顔をしかめているのが分かって、なぜかも同じ表情を浮かべてしまった。
「……なんね」
「……なに、ない」
ただの反射行動だが、顔を離した後で腕を引っ張ってもらったお礼を言っていないな、受け止めてくれたお礼を言っていないなと気づいたは、クロロに軽く説教をしなおしているパクノダとシャルナークを視界の端に入れつつ、フェイタンに向き直った。
腕はまだフェイタンの手の中にあって、それがまた優しいなぁとは笑う。
「なんね」
「んーん、ありがとう、ふぇいたん。うけとめる、ささえる、りょうほう」
フェイタンは何を言われたのか分からないのか、眉の縦皺をしばらく深くしたが、もう一度が同じ言葉を緩やかに繰り返すと、合点がいったのが自分が掴んでいるの腕を見て、汚いものでも触ったかのように慌てて手を離した。
「お前、世話が焼けるガキよ」
「うん、ふぇいたん、やさしい、すきよ」
睨み付けられるといっても殺気とは無縁の優しい眼差しに、はまた笑う。フェイタンは今度こそ素早く理解したようで、何かぶつくさ言いながら部屋から出て行った。
「、おれの選んだのはこれだ」
「うぼー、ありがとう」
「早く着て見せてくれよな」
「うん」
お互い笑顔で顔を見合わせると、ウボォーはそのままの頭を撫でた。春めかしくあたたかいオーラがウボォーを柔らかく迎え、その色も白に近い桜色だった。ウボォーの笑みが深くなる。
「お、機嫌直したな?」
「きげん、わるい、ないよー?」
はそう言うと、部屋を出て待ってるといって衣装袋を置いたパクノダたちを見送った。ウボォーにだけは部屋の外で待っていてくれとお願いをすると、すぐに衣装の袋を紐解き中身を開く。すぐに低く感嘆の声を漏らした。
「うぼー、これ、ふつうぶらうす?」
「生地はしらねーけど、おれは普通に着られたぞ」
「わかた」
パクノダが引っ掛けた大きな布が揺らめくドアがあった場所は、今や見張りの意味でもウボォーが立ちふさがり、音が早々漏れない状況になっていた。
ノブナガがなにやら文句をパクノダ達につけ、言葉の応酬をするのもよく見えるし、それにヒソカが乗っかってフィンクスが吹いているのも良く見えた。クロロは先ほどの一件を思い出せないほど静かに座っていて、マチやフランクリンとなにやら話をしているようだ。
ウボォーはその様子を見つめるでなく見ていると、背後から衣擦れの音が大きく聞こえてくるのに気づいた。ただ部屋の中一人きりで、特に喋っていないだけなのだろうが、響く音に思わず耳を澄ませてしまう。
「着られたか?」
気が早いと思いつつも声をかけると、不明瞭な唸り声が返ってくる。
「?」
「んー、むずかしい、えりもと、たかいふくすごい」
何がすごいんだかとウボォーは笑うが、本人はそれどころじゃないらしい。何度となくシュルシュルと布の動く音が聞こえてくるが、上手く形にならないのだろう。鳴り止まずに短い唸り声が多くなる。
「?」
「うぼー、すごい……」
負けたとでも言いたいのか、ぐったりしたその声にウボォーは笑みを浮かべた。
「服は着たのか?」
「きる、できたよ。えりもと、だけ、むずかしい」
「んじゃ、入るぞ」
「まてました!」
布地をめくると、その向こうで鏡に向かって襟元を弄っていたが、満面の笑みで振り返る。あまつさえ駆け出してきて、ウボォーに体当たり直前まで迫ってきた。
一目で分かる襟元の惨状に、ウボォーも呆れより笑いの方が先立ってしまう。
ちょいちょいと太い指先で突付くが、どこをどう捻ったものなのか襟元のスカーフは動かず、の顔を見ると渋柿でも食べたかのように目を細め遠くを見ている表情だった。
「おい、。これどうやったらこうなるんだ。不器用すぎるってわけでもねぇのによ」
「せかい、ふしぎはけん」
「世界じゃなくてお前が不思議だよな」
「みすてりー」
「お前が生み出してんだろ? そんなに難しくねぇぞ、見てみろよ」
ウボォーがの目の前で自分の襟元を一旦崩し、もう一度形作って見せる。はまるでマジックでも見るかのように目を丸くし、それが難しいんだと口をゆがめた。
「……おれがやってやろうか?」
「ほんと?」
解くことすら難しいのか、指先を真っ赤に染めながら襟元を弄っていたは、目を輝かせてウボォーを仰ぎ見る。また笑い出しそうになりウボォーは耐えるが、頷くだけはした。は少しも迷う素振りなど見せず、顎を上げて襟元をウボォーの前に差し出した。
「おねがいします」
「おう、まかせとけ」
まずはほどかねぇとなの一言での喉元へと手を伸ばしたウボォーは、その首の細さに気づいてしばし見つめてしまう。指はもちろん固く結ばれたスカーフを解きに掛かっているのだが、これだけ傍にいるのに掴めば折れそうなその首に、違和感とも言うような何かを感じていた。
オーラは穏やかに流れ、ウボォーに警戒心の一つも抱いていない。
ただ緊張しているのと、自分のミスを恥ずかしがっているのだろう焦りみたいなものがオーラに混じっているが、それもウボォーにとって不快ではない。色が混ざり合い触れて流れていく光景は、何度見ても美しいと思えるものだ。あとはマントを羽織り仕上げをするだけの吸血鬼衣装も、自分と揃いで似合いだろうと思わせてくれる。
だがしかし、旅団をあげて親しみを表している人間なのに、は本当に一般人だ。この触れなければ見えないオーラが、一般人ではないと言えば一般人ではないのだろうが、これなんて放出系か具現化系の未発達な念だと決め付けてしまえばそれまでだし、そうでなくても特別危険なものではないので一般人といえば一般人だ。本人に自覚がないのも加えて、このオーラが何かに影響することもない。見えて触れれば感情は動くが、本人には見えていないのだ。
どうもすぐに結論付けられるものではないので、ウボォーは固い結び目に指をどうにか引っ掛けながら、の首にまた目をやる。
「、苦しいか」
「くびあげる、いたい、それだけ」
「なら……そうだな、じっとしとけ」
「わかた」
ウボォーは一旦襟元から手を離すと、の後頭部と膝裏に手を滑り込ませ、片足を伸ばすと近くの椅子を引き寄せた。椅子が足元に来れば片足だけ膝立ちにして自分の太ももにの後頭部を乗せてやり、引き寄せた椅子にの体を腰掛けさせてやる。
ぱふんっと椅子から空気が漏れるほど素早い行動に、は軽く首とお尻に衝撃を感じただけで目を瞬かせる。何度目かの瞬きで視線の先に天井があることに気づき、目の前のウボォーを見つめて足元を見下ろして、ようやく椅子に腰掛けたことに気づいた。
「……まじく?」
「動くなよ」
眉をしかめたに頓着せず、自然と上向いたの襟元を再度ウボォーが弄りだすと、それは先ほどよりも幾分か解きやすいように感じられた。
なぜだろうかと指を結び目に食い込ませ、ようやく解けたことに安堵しながら考えるが、事態に気づいたの肩の力を抜き瞼を伏せた表情を見て、そのオーラの色が変わっていることに気づいた。
ほんのり色づいたカスタードクリームのような色合いのオーラは、いつの間にかウボォーの触れている布地に重なっていたようで、解けた結び目に所々菓子の食べ残しの様に色がついていた。そんなに夢中になって解いていたわけでもないのに、気づかなかったことが少しショックだったウボォーは、無言で結びなおしてやる。
オーラは潮が引くように消えていき、その流れでの顔へと目がいったウボォーは、じっと結び目を見ているに気づいた。
「もう出来たぞ」
「うん、うぼーありがとう、すごい」
最後に形を整えての背を伸ばしてやると、椅子にきちんと腰掛けたが笑う。
「うわぎ、きる、する」
すぐに近くのマントを羽織ると、鏡の前に立ちあちこち羽織る角度を変えて自分の体を点検し、最終的に首元でマントの紐を結ぶと、が行こうと言ってウボォーへと手を伸ばしてきた。
手を繋げといっていることにすぐに気づいたウボォーは、笑ってその頭を撫でてやる。
「あいつら全員、お前の獲物だぞ」
「ち、きゅういん、きゅういん」
「馬鹿だな。吸う、だ」
「すう?」
「語尾上げんな。吸う、だ」
「すう!」
どうしても語尾を上げて発音するに、ウボォーは今すぐ理解させるのは無理だと諦めて手を取ると、お互い歯を出し合って笑う。
「いくぞ!」
「おう!」
ドア代わりの布をめくると、すぐに視線たちがこちらを向く。がウボォーと繋いだままの両手を挙げ、血を吸うぞと所々高低の違う発音で部屋に戻ると、何人もがその場で吹き出した。
「……、意外、その格好も可愛い」
笑いながらパクノダが呟くが、笑われたは不思議そうにウボォーを見上げる。
「きゅけつき、わたし、なぜ?」
なんで笑われるんだといいた気にひそめられた眉に、周りはまた吹き出す。先ほどの修道女姿とは違い、どう見ても服に着られている風にしか見えなかった。ウボォーの見立てだからといってはなんだが、服のサイズがワンサイズ大きかったようで、ずり落ちないまでも可愛らしいものだった。スーツがまた、ハロウィンを満喫している男の子の雰囲気を盛り上げていた。
「……あ、まえがみ、そのまま!」
一人原因を考えていたは、クロロの顔を見て声を上げると、ノブナガのほうへと駆けていく。
「のぶなが! わたし、まえがみ、くろろちがう!」
「あん?」
多少笑っていたノブナガは迫ってくる必死の表情に、何を言われたかが良く分からない。けれど前髪をかき上げてクロロの名を連呼するに、なんだとそれかとフィンクスの使ったワックスの蓋を勝手に開けると、目をつぶってろと言っての前髪を後頭部へと流してやった。
「あ、おれのじゃねぇか!」
「いいじゃねぇか、減るもんでもなし」
「ワックスは減るんだよ! じじい!」
「うるさいよ、また盗てくればいい話ね」
チキンに噛み付いていたフィンクスが叫べば、ケーキを頬張っていたフェイタンが睨みつけてきた。そういう問題じゃねぇよとフィンクスは反論するが、フェイタンに構っている間にすっかりの前髪は上がり、綺麗なオールバックになっていた。
「よし、出来たぞ」
「ありがとう、のぶなが」
パクノダの見せてくれた鏡で確認し、は今度こそと言って皆へと視線を向ける。
「ち、すうわせろう!」
「うん、発音違うね」
笑顔でシャルナークが指摘し、やはり皆笑ってしまう。怖がらせるなんて無茶だぞとウボォーが呟くと、は意気消沈して肩を落とした。
「あれは、ある意味おれのコスプレだな」
「団長、自意識過剰もほどほどにしないと、いつか痛い目見るよ」
「もう見てるけどな。さっきのノブナガの蹴りとか」
クロロとマチとフランクリンの呟きは、部屋の隅で静かに昇華されていった。
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