衣装:ちょっかい編



 皆が盛り上がってあみだくじに興じている間、は貰った飴を舐めていく。時には衝動的に噛み砕いたり、反対に最後までしっかり舐めきってみたりと、不安定に次々と飴を頬張っていく。カチリ、ガチリと時折小さく響くその音に、クロロが気づいて視線を向けた。
「おっしゃ! 次はおれの横線な!」
 仲間達はあみだを複雑化させることに夢中で、残念ながらノブナガもパクノダもの様子に気づいていない。いつの間にか俯いたその顔がどこを見ているか、それすら気づく余裕もないようだ。
 もみ合うフィンクスとウボォーの仲裁に、苛立ったマチが割り込む。それをヒソカが茶化してシャルナークが突っ込み、コルトピとフランクリンが肩をすくめ、ボノレノフがシズクと顔を見合わせた。ノブナガがしっかりと統制をとろうと声を上げ、パクノダがそれらを引き締めるように視線を向ける。フェイタンはちゃっかりとあみだに線を加え、フィンクスに見つかって怒鳴られるところだ。
 クロロはその渦中から外れ、一人の元へ行く。軽い足取りで向かうが、わざと立てた足音にが気づく様子はない。
 俯いたその表情は、どこか空ろで生気がない。

 しゃがみ込んで肩に触れると同時に名前を呼ぶと、小さくなっていた体がすぐにビクつく。
 オーラがはじけるように霧散するが、そのどれもが暗くにごっての足元に沈殿していたようにクロロには見えた。
 の目がクロロを捉える前に、さっさと聞きたいことは聞いてしまう。気づかれぬうちにさっさと聞き出してしまわないと、ノブナガが後でうるさそうだ。
、退屈か」
 ちょうどクロロとの目が合った瞬間にクロロの口が閉じられ、は呆気にとられたかのように口を開ける。実際驚きよりも呆気にとられていたは、舌の上で鳴る飴に気づいて口を閉じた。クロロはその小さな動作も逃さず見ていた。
 退屈じゃない。ただ、自分はやはり輪から外れる人間なのだ。
 そう思ってはみるものの、親切にしてくれているメンバーを前にして言うのは憚られるし、怖いクロロに対して真っ向から言える事ではない。そんなクロロでさえ、に比較的親切なのだ。いつ首を絞められるか分かったものではないが。
 は返事を渋っていると、クロロは首をかしげて先を促す。仮装の一環としてつけられたアクセサリーが、じゃらじゃらとクロロの動きに合わせて鳴った。
「やはり、退屈か」
 仕方なさそうに呟かれた一言に、はいつの間にか俯いていた顔を上げ、反射的に否定した。日本語で上げてしまった声に、クロロの眉が怪訝そうに持ち上がる。その表情を見て、はまた顔を伏せた。
『違うんです、違う。楽しいです』
?」
 クロロがその顔を覗き込もうとしている背後で、ようやくたちに気づいたノブナガが視線を向ける。なにやってんだ団長と思いつつ、上がった日本語の意味に眉をしかめた。
「ノブナガ、あんた勝手に名前書かれてるよ」
「あ、ちょっと待て! そこじゃねぇよ!」
 またあみだくじに視線を戻すが、団長だし大丈夫だよなと自分を納得させると、ノブナガは勝手をしているメンバーの頭に拳を落とした。
、何を言っているか分からない」
 ゆっくりとつむがれるクロロの言葉に、ようやくも使っている言葉の違いに気づく。クロロの顔を見て、その違いに気づかなかった自分を恥じた。
「たのしい、です。くろろ、ありがとう」
「そうか」
 クロロの感情の読めない返事に戸惑うが、ようやく伝わった自分の気持ちには笑う。
「そう、たのしい、わたし」
 どこか苦しそうな声音でのつぶやきに、クロロが気づかないはずはなかったが、その弱々しい笑顔に指摘することは憚られた。クロロはもう一度返事をすると、の頭を撫でてやった。
「くろろ?」
「ならいい」
 オーラはまだ暗くの足元で濁っていたが、クロロの言葉を聞くとほんの少しだけ色を瞬かせた。の気分が明るくなったわけでもないだろうが、多少の反応を見てクロロは気をよくする。
「お前と楽しめるよう、あいつらが好き勝手やってるだけだ。文句があるならぶつけてやれ」
「くろろ?」
「わがまま言ってやれ。お前、着せ替え人形にされてるんだからな」
 クロロの悪戯っぽく細められた目と笑みに、は反応も忘れて見入ってしまう。足元のオーラが瞬きを止めて桜色に色づき、花が散るように霧散していった。ますます気をよくしたクロロは、そのまま頭をぽんぽんと軽い調子で叩くと、ノブナガたちの傍へと戻って行った。
「決まったのか」
「あれ、団長どこ行ってたの? あ、もしかしてにちょっかい出してたんじゃ……!」
「お前が言うようなことはしてないさ。シャル、で、順番は?」
「あ、この紙に整理してみたよ。で、ちょっかいは出してないんだよね?」
「出してないわけないだろうにねぇ」
 シャルナークの食い下がる態度に、ヒソカが茶化してそっぽを向く。その台詞にパクノダがため息を吐くが、クロロが片手を上げたことで全員の視線が集中する。
「よし、なら残りで前半後半と別れるか」
 順番の決定した紙を見ながら、クロロは適当なことを言って紙をノブナガに渡した。かと思えば、皆が見守る中へとまっすぐ突進して行って、その腕を掴んで部屋の外へと歩いていった。
「え、あ? くろろくろろ、うでうでいたた、いたい」
「おれ二番目だから。大丈夫だ、痛くはしない」
「いや、うで、うで、いたたたた」
 どこか鼻歌混じりなクロロは置いておくとして、何がなにやら分かっていないが腕をつかまれたまま引きずられていく光景は、些か目をつぶるにはおかしいことだとようやく皆が気づいた頃には、着替え専用の部屋からの叫び声がこだましていた。
『いやー! 脱がさないで! いやあの! 私、幼児じゃありませんからー! 育児に頑張るお父さんみたいなことしないでくださいー! いやぁー!!』
「大丈夫大丈夫、痛くない怖くない」
 クロロはのオーラが桜色で花びら舞っていたことを根拠に、簡単にの服装を剥いでいく。次はウボォーだから、手伝ってやろうと言う親切心からの行動に、下心は微塵もなかった。
「大丈夫、抵抗していいから」
『いやー! ノブナガさぁーん!!』
 呼び声に気づいたノブナガが駆けつけると同時に、クロロに飛び蹴りを食らわしたのは言うまでもなかった。一番手であったウボォーは、他のメンバーとため息をつきながらクロロたちの入った部屋へと向かう。
「んー、クロロやっぱり侮れないね」
「それ、今一番屈辱的な言葉だと思うよ」
 ヒソカの感心しきった言葉に、コルトピはあっさりと突っ込んだ。


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