衣装:ボノレノフ編
「これはどうかしら?」
「えー、色が婆っぽくない? おれちょっとパス」
「あ、これ可愛いと思うよ。コルトピ着る?」
「……シズクが着るといいよ」
「あーあー。……女子供の着る服は小さいな。おれにはおもちゃにしか見えないぞ」
「フランクリンとウボォーから見れば、どれもみな同じね」
「おれから見たら、おもちゃじゃなしにハギレだな!」
「威張るこっちゃねぇだろうが。……おい、、お前はどれがいいんだ?」
「えと」
「しゃきっと決めろよ!山ほどある服全部、お前用のなんだからな!」
「おやおや。フィンクス、脅かしたらが選べなくなるじゃないか。落ち着きなよ」
「……おれはこれがいいと思うぞ。体型も気にならないしな」
「へぇ、ボノレノフはそういう系統が好きなのか」
「団長はなにを選んだのさ。へぇ、シンプル。ちょっと意外だね」
「あの」
先ほど被らされた、ハロウィン仕様のジャックオランタン帽子のずれを片手で押さえながら、は次々と流れていく会話に必死でしがみつこうとしているが、先ほどからどうにも成功しない。
旅団員たちが何か大きな袋に服を詰めて戻ってきたのは分かるのだが、その袋が大きすぎて全貌が分からず、かと言って彼らが手に持った服を覗き込めるほど、タイミングよく近づくことも出来ずに、は先ほどから呼ばれるたびに右往左往と部屋の中を慌しく駆け回っていた。
パーティーだからと最近良く集まる廃墟ではなく、また別の場所でのハロウィンを迎えたのはいいが、いかんせん場所が広すぎて一人ずつ持って帰った袋が大きすぎて、旅団員同士の距離がどうにも遠い。としてはちょっとした大声を出さねば声も通らない距離なのだが、旅団員は平然と声を交し合うし、見ている服をその距離で確認しあっている。
どれだけ目と耳がいいのだと聞きたいが、身体能力の差は明らかなのでも突っ込みきれない。どこからが個人の身体能力で、どこからが念なのかの区別も付かないのだ。
「じゃ、とりあえず誰から試す?」
「えー、おれまだ決まってないから後がいい。と言うわけで、団長、おれ最後ね」
フランクリンの言葉にシャルナークが大きな声で答え、袋から顔を上げたクロロが軽く頷く。そしてクロロの視線が団員達の頭を見て回り、団員達もお互いの顔を見回して自然と統制が取れていく。一つだけ上げられた手に、クロロがまた頷いた。
「、ボノレノフのところだ」
「うん、わかた!」
ようやく行く場が決まり、もほっと胸をなでおろす。そのまま円の反対側にいるボノレノフの元へ、他の人々の視線に首をすくめながら駆け寄った。
「ぼのれのふ、ふく、どれ?」
「これだ。着方は比較的簡単なんだが、分かるか?」
「ん、ん、どだろ。ちかく、たててくれる?」
「ああ」
ボノレノフが袋に包みなおした服を渡すと、着るまでのお楽しみとばかりな様子には首をかしげてどっちつかずの反応を返す。
ボノレノフは乞われるままに着替え専用部屋の前までついていき、部屋の前で番人よろしく立ちはだかった。覗こうとする不届き者がいないという前提での着替えだが、やはり何人かは気になるようでボノレノフの方へと意識が飛ぶ。
の着替える部屋は平均的な客室サイズだが、中にいるのが一人なため、思わぬほどその音は響いていた。衣擦れの音が主で、特に何も感じないボノレノフは戸惑わずに着付けている音の様子に感心するばかりだが、どうやらその音に耳を澄ませて歯軋りしている人間も若干名いるらしく、やはりボノレノフへ飛んでくる気配は痛かった。
「おわた、これ、いい?」
内側からノックされ、ボノレノフも断りを入れてドアを少しだけ開く。中からボノレノフを見上げているの服装を一通りチェックしたボノレノフは、思ったよりしっくりと着こなされたそれに頷きとともにドアを開いた。
「待っているから、早く行こう」
「うん、いこう!」
普段着ない服装だからかは若干はしゃいでおり、その服装から言えば大人しくしていた方が雰囲気が出ると言うのに、満面の笑みでボノレノフを急かして引っ張り歩く。
はやくはやくと足踏みする様子に、落ち着けとボノレノフは頭の上に手を置いた。本日は神への信仰を失った聖職者スタイルなので、ボノレノフもさすがにグローブをつけていない。
大人しくなったを引き連れ、元いた部屋の壁をノックする。
「きたぞ」
ボノレノフの言葉に一斉に視線を向けてくる団員達に、壁の影に隠れていたの足が止まる。それもすぐにボノレノフに急かされて動き出すのだが、最初の一歩は長く掛かった。
は衣装とともに決まり文句だと備え付けられた台詞を暗記し、部屋へと足を踏み入れると同時に微笑みを浮かべながら台詞を口にした。
「みなさまに、あくまのかごを」
黒と見紛うばかりの濃い藍色の衣装に身を包み、頭部も同じ布地で覆われ見える素肌は顔と手だけ。足でさえも地面すれすれまで布地が伸び、微笑むはその部分だけ、布地の形と色だけ見ればただの修道女にも見えた。が、その衣装は朱や金の刺繍が袖ぐりと言わず襟ぐりと言わず裾際と言わず、ショールも靴も何もかも華美で下品一歩手前まで存分に刺繍が施されている代物だった。
所々慎ましやかに煌く赤や白の輝きは言わずもがなの宝石粒で、逆十字のペンダントは黒と金と朱にまみれ、鈍い輝きを放っていた。
「へー、ボノレノフってそういう趣味だったのかよ」
「纏う物に拘りはないが、こういう日はな」
「ぱくのだと、にてる!」
フィンクスが思わずといった風に声を上げるが、ボノレノフが返している最中にはパクノダへと駆けていき、露出の激しい修道女スタイルのパクノダの傍に並ぶ。確かに修道女という基本スタイルは一緒だが、パクノダのものはあちこち布地が少なく胸も太腿も腕も見え、の着ている衣装とはまた違った意味で華美で下品一歩手前のものだった。
「うわー、刺繍に触ると怪我しそうだね。ごつごつしてそう」
シャルナークが近づいて服装を覗き込むと、は笑顔で手を差し伸べる。
「なに?」
「そで。ししゅ、おもいよ」
「わ、やっぱり?」
シャルナークが袖の刺繍ごと手を取ると、やはり金の刺繍がふんだんにされているだけある重量が、見た目以上にシャルナークの手にのしかかってきた。
それと同時にのオーラが視覚化され、薄紫色で霧状のそれがの周りに見えてくる。所々、壁画や絵で表現されるような牛の頭を持つ魔性のような存在が見え隠れし、笑い声を響かせる。蝙蝠の羽のような羽ばたきまで聞こえてきて、その服装も相まってだけでホラーハウスと呼べそうだった。
シャルナークはそれが視界に入ってないフリをすることにした。ちょっと本格派過ぎると思ったのだ。視線を袖の刺繍へと戻す。輝く金色は、ちゃちな色ではなく本物の質量を見せていた。
「やっぱりこの金って本物の金だよね、重いはずだよ」
「でもきれい」
「へぇー、本物ならちょっと欲しいかも。綺麗だし」
シズクが言葉に惹かれて近づいてくると、はシズクにも手を差し出した。躊躇いなく受けたシズクは、シャルナークと同じものを目にするが、その中に大きなルビーを抱く魔性を見た。すぐにシズクは袖に煌く粒の光の反射具合を見るため、手を袖ごと光にかざす。やはり金糸に埋もれるように輝いていた一つだけある大粒の赤は、シズクの気に入るものだった。
「あ、この袖の粒可愛い」
「盗っちゃ駄目よ」
パクノダが即座に釘をさすが、シズクは唸るだけで手を離そうとはしない。フランクリンは嫌な予感がしてシズクに近づき、その頭に手を置いた。
「今日は止めとけ。あとでが良いって言ったら貰えばいいだろう」
「じゃ、良い?」
「良い訳ねーだろうが」
シズクの言葉に苦笑いをしていたを見るに見かねてノブナガが口を出す。シズクは不満そうだが、はどこか力が抜けたような表情になっていた。
「ぼのれのふ、くれた。わたし、たいせつする、ごめんね」
「そうなんだ。それじゃ、しょうがないよね」
ボノレノフからのプレゼントということをすっかり忘れていたシズクは、改めて言われた事実にごめんねと手を離す。言われたほうのや周りの人間は、また忘れていたのかと笑うしかない。
「シズクのあの忘れ癖、なんとかならないか?」
「あたしに言われてもどうしようもないよ。団長こそ、どうにかできないの?」
マチの言葉にクロロはしばし無言になるが、力強く答えた。
「無理だな」
「だろう?」
二人の視線の先ではシャルナークとシズクがから手を離し、今度はヒソカとウボーが触れていた。
「おや、オーラもそっち関係なんだね。衣装ごとでも変わるんだ」
「なんか腹減りそうな面がいるな。ありゃ、牛か? 下半身人間くせぇけど」
「……貴方たち、の衣装じゃなくてそっちに着目するのね」
パクノダが呆れたとばかりに呟けば、ヒソカは目を丸くした後嬉しそうにうっとりと目を細めた。一斉に周りのメンバーが引いたが、いつもの事なのでヒソカもも気にしない。手を握られているので、その力が強くなったことには少々体を強張らせたのみ。
「やだな、もちろんの格好も見てるさ。いつもとまったく違う衣装で、結構くるものがあるね」
「てめぇから離れろ」
即座にノブナガから低い声が飛ぶが、ヒソカはの顔を覗き込んでにこにこと微笑んで動かない。も戸惑いながらも微笑み返し、一応小さな声で謝辞を述べた。
「あ、あー。おれは結構きついと思うぜ、いつものさっぱりした服の方がに似合うと思う」
ウボォーは場の雰囲気を戻そうと、自分のほうへをじわじわと引っ張りながら苦笑する。
「にあわない?」
「ちょっとお前にはドぎついぜ」
はウボォーの台詞に首をかしげながら、そんなものかと自分の衣装を見下ろしてみる。いつの間にかフェイタンやコルトピが自分に触れているに気づき、それに対して驚くが、触れている本人達がなんだかとても悲しそうな顔をしているので、驚いたり起こったりする気力をそがれてしまった。
二人が触れている両肩には、牛頭の魔性ではなく、どちらかと言うと天使の翼が黒くなったような魔性が鎮座していて、二人はひどくがっかりしていた。
「私、えぐい方が好きよ」
「ぼくももうちょっと怖いほうが好きだよ」
「えと、なにりくえすと?」
見えていないにとっては意味不明な言葉だが、触れていたほかの四人にとってはやっぱり言ったかと言うような台詞で、手を離したヒソカもさりげなく同意する。
「……お前ら、何が見えてんだよ」
フィンクスはその発言に、軽く身を引いていた。
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