貴女をご招待
めまぐるしく動くのは人の常だと、は思う。それをしたいと思っていたのならなおさらで、したいしたいと我慢していた分、それが許されたときの動きや展開はめまぐるしいくらいだ。
けれどは望んでいたわけでも、予想して待ち望んでいたわけでもないのに、あっという間に場面転換していった。
「やぁ、おはよう」
寝ぼけ眼で朝食をとっていると、当たり前のように向かい側に腰を下ろしたクロロに、は目を点にする間も丸くする間もなく拉致されて、気がつけばシャルナークの運転する車に乗車していたという事態に陥っていた。
疑問の声を上げる前に、口に入れていたサンドイッチを急いで咀嚼していると、の隣で満足げにふんぞり返っているクロロが笑い出す。
「えらく簡単だったな」
「普通の家だから、当然だよ。団長、何期待してたのさ」
「もうちょっと警戒してるかと思ったんだが」
「ないってば。大事なのはあれだけで、は財宝じゃないよ」
「ちぇ」
なにがちぇだ、妙齢の男子がなにいってるんだ! と、突っ込みを入れたくなる衝動を押さえ込みつつ、は緊張の中サンドイッチを嚥下した。大仰に音が鳴り、振り返ってくる二対の目に首をすくめる。
「て、しゃるまえ! まえ!」
「大丈夫だって」
慌てて前を指差すが、運転手であるシャルナークは爽やかな笑顔でを見たまま、華麗なるドライビングテクニックを披露する。揺れも危険もまったく感じない運転だが、自分の常識外の運転技術にが体中で疲労を表現していると、クロロは慣れているのかをみて不思議そうに首をかしげる。
「やわだな」
「くらべる、まちがい、わたし、いぱんじんよ……」
そうだったなと、あっけらかんと返されてしまい、の疲労はますますひどくなるが、車のスピードもますます加速していった。朝一番に衝撃的な出来事を見舞われて、寝ぼけていた頭が現実逃避をしだしてしまう。睡魔が嚥下されたサンドイッチを燃料に、車の揺れでの意識を奪っていった。
目を覚ませば見慣れぬ山奥の涼しげな風景が広がっており、意見する気力も早々削られてしまったは、自分の覗き込んでいたシャルナークへと手を伸ばす。
「おきる、どく、して」
「ん」
ひとつ頷いたかと思えば、シャルナークはの腕を引っ張り上げてくれた。退いてくれればそれでよかったは、眠い目を擦りながら礼儀として、ありがとうとシャルナークへと微笑んだ。
「どういたしまして」
礼儀としてありがとうといったはずなのに、嬉しそうに微笑まれてしまえばそんな考えも吹っ飛んでしまう。思わずシャルナークの笑顔を見つめて、しまりのない笑顔を浮かべてしまう。シャルナークはそんな笑顔にも引くことはなく、逆にエスコートとばかりに手を取った。
「シャル、時間押してるぞ」
車から離れた位置で立ち尽くしているクロロが、少々余裕のない声を上げる。が、やはりシャルナークはそれを聞き流しての歩調に合わせて歩き出す。
「しゃる、ここ、どこ?」
「んー? 会場」
「シャル、黙ってろ」
「はいはい」
何の説明もされないことから質問したが、どうやら教えてはいけない場所らしく、シャルナークは笑顔のままはぐらかす。クロロがほんの少し強めに注意する様子も珍しく、はただただ歩くしか出来ない。
「しゃる、しゃる」
名前を呼んで目を見合わせても、シャルナークは微笑むばかりで答えてくれず、思い切って目の前を行くクロロの名前も呼ぶが、一度足を止め振り向いたっきり、彼もやはり答えてはくれなかった。
はそれで気分を害したというわけではないが、駐車された車を振り返り、歩く補正されていない道の先を見据え、逃げられないと分かると確かに気持ちが斜めに傾くのを感じていた。
シャルナークとクロロはそんなに気づいていたが、クロロは元々それほどの機嫌に頓着しておらず、シャルナークは触れているオーラがそれなりに暗いながらも光を帯びていたので、機嫌をとるほどのものではないと解釈していた。自分達の計画の全貌を知れば、きっとの機嫌も直ると確信していた所為もあった。
「さて、。改めてようこそ」
テレビでよく見るようなウッドデッキのある木造りの別荘のような建物の前に着くと、クロロはあっさりとを振り返り、うやうやしく頭を下げた。それに驚いてシャルナークを見上げると、同じように彼も頭を下げて同じ言葉を口にする。
困惑するをよそに、さてさてとクロロが手を二度打つと、の視界は覆われ体は宙に浮いていた。シャルナークが何かしたのかと思いきや、エスコートとして繋がれた手はそのままで、もう片方の手で抱き上げている相手の体を触ったところ、聞き覚えのある声で怒られてしまった。
「……ふぃんくす?」
「うっせ」
照れているのかフィンクスがぶっきらぼうに返事をすると、何か尋ねる前に移動が開始されてしまう。ああ、今日は良く言葉を封じられる日だなと感心する間もなく、あちらこちらから胃袋を刺激する素敵な匂いが漂ってきた。
あ、ステーキ。あ、ケーキ。あ、多分あれはポテトだ。
鼻を動かして朝からこってりしたものばかりを嗅ぎ当てると、どこにいたのか呆れたような声が耳をくすぐった。
「やだね、この子。全部当てちゃってるよ」
「でも全部じゃねぇだろ、一割ってトコか?」
「一割でも多いだろう。素人だぜ、は」
「父親は褒め上手ね、ノブナガはいい親になてるよ」
「フェイ、ノブナガをからかうのは後にしなよ。食事台無しになっちゃうよ」
「……お前がデメを出してないほうが、多分平和だと思うぞ」
「いつもぼく思うんだけど、これだけの料理よく冷やさないよね」
「変なところで神経質だからな、ノブナガたちは」
「あら、私もその数に入ってるの?」
「入ってるんじゃないかな? あ、久しぶり、目隠し姿もそそるね」
ヒソカの台詞に素早くの目隠しは吹っ飛ばされ、ヒソカの居ただろう位置には色鮮やかな刃物が突き刺さり、その場の殺気が一瞬で膨れ上がったと思えば、が視界を取り戻す頃には全てが元の通りの姿でそこにいた。
「え、と」
がまたもや困惑顔で辺りを見回すと、シルクハットに紳士ステッキ、黒マントに白く鋭い八重歯、蝶ネクタイとスーツに身を包んだウボォーが笑顔での前に立つ。フィンクスに抱き上げられているとはいえ、首が痛くなるほどの身長差に顔を上げると、先ほど聞いたような言葉を囁いた。
「、ようこそ、だな」
「うぼー?」
「ちんたら言うのは性にあわねぇ、食うぞ!」
紳士的な装いをしていながら、ウボォーは人の悪そうな笑顔を浮かべると、両腕をあげて吼え上がる。が、瞬時に王冠と高そうな分厚いマントを背負ったノブナガに拳を振るわれ、その雄叫びも尻すぼみになってしまう。
「違う! ハッピー・ハロウィンだろうが!」
かぼちゃパンツ一歩手前な格好での仁王立ちに、の目が丸くなってノブナガの姿を凝視する。これはなんだろうかと、ノブナガの言った台詞よりもその衣装に度肝を抜かれてしまっていた。
「だからお前に音頭とらせるのは嫌だったんだ。大体な」
「……ノブナガ、ノブナガ」
「あんだよ!」
「、固まってるから。あ、こらヒソカ!」
マチが気を使ってノブナガを正気に戻そうとする隙を突いて、ミイラ男を買ってでたヒソカが横合いからの頬をつついて笑う。フィンクスの触んな! だとか、てめぇ向こう行ってろ! などと言う言葉は全て受け流し、を抱えてフィンクスが行動に出られないのを見越して、呆然と凝視しているを弄くっていた。
「この子、みつあみはどうかな」
「あたしはこう、シャープなショートカットが見たいな」
「ロングもいけると思うよ。カツラあたか?」
「ぼくはパーマかけてもいいと思うよ。機械盗んでたっけ」
「いっその事ベリーショートはどうだ。快活な雰囲気になりそうだな」
「……なにもしないのが、一番だと思う。部族の女はいじらない」
いつの間にかキッチンへ引っ込んだクロロとシャルナーク、パクノダを抜かした全員がヒソカに続いてに群がり、あまつさえその髪形を勝手に変えようとさえしていた。
ノブナガは気が遠くなるという次元ではなく、ロングスカート魔女のシズクや狼男のフェイタン、海賊の下っ端衣装のコルトピ、こうもりの羽を頭の両脇につけたビラビラとした黒紫色のメタル系統に身を包んだフランクリン、聖職者の衣装を漆黒に染めまとっているボノレノフ、全てに対して頭が割れそうに痛くなった。
「いや。いやいやいや」
「ノブナガ?」
ノブナガは髪の毛を弄られながらも自分を見ているに笑みを向け、名前を呼んだ。まばたきをしたはすぐに正気づき、なぁにと言葉を口にする。が、混乱したままなのかヒソカの行動に気づかず、笑われていることにも気づいていない。フィンクスはそろそろ切れそうだ。
『、とにかくお前が主役だ。こっちこい』
二人にしか分からない言葉を使うと、それぞれいっせいにノブナガを見る。
『うん、わかりました』
はその視線の中、フィンクスの腕の中から飛び降りると、大人しくノブナガの傍に行く。シンプルだが見た瞬間に「どこの姫君だ」と突っ込みたくなるような青いドレスを身にまとったマチは、そんな様子を心配気に見守った。
『ほら、お前の椅子だ』
『上座ですよ?』
『いいんだよ、主賓なんだから』
『でも、さっきハロウィンって』
『いいから』
どうにも個性的過ぎて押しの強いメンバーのため、当初予定していたよりも段取り悪くを所定の位置に落ち着けると、ノブナガはそれぞれ椅子に座るように指示を始める。文句は言わせねぇぞと睨みつければ、ヒソカは笑いながら、後のメンバーは忘れてたとでも言いたげな表情でそそくさと席に腰掛けた。
「あら、静かになったのね」
パクノダが顔を覗かせれば、肉といわず魚といわずケーキといわずパイといわず酒といわずジュースといわずと、テーブルがいくつあっても足りない料理の数々の前、大人しく皆が雁首をそろえていた。
パクノダは胸元やスリットの激しいシスターの衣装を翻し、シャルナークとクロロを呼び寄せる。
あちこちに髑髏だとか逆十字だとか、いつもと変わらない装飾品ながらも曲がりくねった角を二本と毒々しい長い爪、目の周りに青い化粧を施した魔王のような肩当てやらごてごてと装飾したクロロと、あっさりシンプルに頭に釘を刺したフランクリンもどきなフランケンシュタインのシャルナークは、大きなかぼちゃの釜を持って部屋に登場する。
あけられていた別のテーブルにそれを乗せると、部屋の電気を落として釜の中に火を投入。瞬時に燃え上がりジャックオランタンの表情を浮かび上がらせるかぼちゃの釜に、やはり衣装に目を奪われていたの視線はかぼちゃへと難なく引き戻されていく。
「」
名前を何度となく呼ばれ、ようやく弾かれたように顔を上げたの目の前で、その場に居る全員が笑顔を見せた。
「ハッピー・ハロウィン!」
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