ときどき日記


2013.3.16 ありがとうRUPO

 議会から城址公園が見おろせます。昨日は、報道関係の人がカメラを回していたので、桜の花がほころびはじめているのだとわかりました。春がやってきます。「15の春に泣かせないで!」と願いながら昨日の公立高等学校合格発表を見ていました。

 大分市議選が終わったら、一般質問の準備、今は予算特別委員会と議会が続いていて、HPの更新ができていませんでした。

 私の愛車RUPOと明日はついにお別れしなければなりません。

 私は、15年前まで、ペーパードライバーでした。組合の仕事が忙しくなって書類を入れた袋も重くなって仕方なく自分で運転するようになりました。

 10年前、その時乗っていた軽自動車のMIRAの調子が悪くなりました。エアコンも効かなくなっていました。ちょうどその年は、県議会議員選挙がある年でした。役員をしていた私は「大分市内を走り回らなければいけないぞ!」と覚悟をしていました。選挙直前に買い換えたのでは、運転にもたもたして、仕事に集中できないかもしれない…みんなに迷惑をかけるかもしれない・・・。そう考えて車を買い替えることにしました。

その時出合ったのが、RUPOです。車を買い替え、「さあいつでも選挙のお手伝いができますよ。」と準備万端整えたら、自分が選挙に出なければならなくなってしまいました。皮肉な運命としか思えません。

 それまで大分市内しか走ったことのなかった私を、RUPOは、いろんなところに運んでくれました。日田や中津や佐伯や先月は豊後高田にも行くことができるようになりました。

 県外には一度も行ったことはありません。

 「この前、すれ違ったよ。」「あそこを走っていたね。」といろんな人に言われます。目立つ赤い色で、ナンバーが「・193」ですから、知り合いは「一休さん」と呼びます。「一休さん、この前見たよ。」と言われるのですが、前しか見ていないゆとりのない私は、ちっとも気づきません。

 車幅感覚が欠落しているのか、他の車と離号する時に、ときどき左側のボディーをガードレールで擦りました。実家の駐車場に入れる時は、バックしていてよく塀にぶつけました。だからナンバープレートは曲がっています。人や車にぶつからなかったことだけが幸いでした。

 購入して最初の頃は、時々、エンジンやコンピューター関係でトラブルもありました。けれどもこの4年間は、何も問題はありませんでした。とても調子よく走ってくれていました。12万キロ近く走りました。「これから30万キロまでいくぞ!」と思っていましたが、買い替えることになりました。

 エンジンタンクが小さくて、24リッターくらいしか入らないのです。走り回る時は、1週間に2回くらい給油しなければなりません。いつも「後、どのくらい?」とメーターから目が離せませんでした。そして近頃のガソリン代の高さに青息吐息。

 さらに2ドアだったので、1枚のドアが異常なくらい重いのです。ドアの開け閉めにかなり力が要ります。初めて私の車に乗る人は、ドアを開ける時に、「うん?」とその重さに驚いてしまいます。わが母は「純子、鍵がかかってる!」と言い出します。「かかってないよ。大丈夫、筋トレだと思ってがんばって!」と言う始末でした。

 そんな理由からRUPOと同じ大きさで、4ドアの車が造られる日を待っていました。やっとUP(アップ)と言う車が発売になりました。エコカーです。

 明日の朝、取りに行きます。

 私の大切な相棒、RUPOちゃん、長い間、支えてくれてありがとう。ドアを閉めた時の「カシャッ」と響く重そうな音が大好きでした。


2013.2.16  諦めない

 暖かい日は長く続かず、また寒くなってきました。毎日辛いですね。

 帯状疱疹を患ったのは、もう10年くらい前のことです。

「きちんと治さないと後でひどいよ。」と言われていたので、入院して、24時間点滴を一週間続けて治療したのに、ここ数年、ときどき体の一部がぴくぴくと痛みます。特に寒い時に突然訪れます。それが今日でした。今日は、腹部です。転げまわるようなものではなく、きりきりとしたものでも、どすんとくるものでもなく、でも痛いのです。不定期的にぴくぴくときます。貼るカイロを当てて温めていますが、あまり効果はありません。これから帯状疱疹にかかる人は、どうぞ徹底的に治療してくださいね。

 2月8日に北海道大学の山口二郎教授を招いて県民クラブ主催の学習会を持ちました。

 第1部は、講演会です。テーマは「政治を諦めないための処方箋」です。

 昨年の衆議院選後、覚悟はしていたけれど、じわじわと包囲網が敷かれ、生きづらい世の中になって行っているように感じ続けてきました。地方議員といえども、政治に関わる仕事をしているのですから、私は逃げられません。毎朝「くじけてはいけません。」と自分を励ます毎日でした。先生の話を伺いながら、こんな気持ちでいるのは私一人ではないのだと気がつきました。

 そしてアメリカ型の新自由主義を求めるのではなく、北欧型の生活者に視点を当てた税の使い方と福祉のあり方を求めることは正しいことなのだと気がつきました。

 「衆議院選挙の民意の反映」「民主党政権の総括的な評価」「日本のこれからの政党政治のあり方」を2時間たっぷりと語ってくれました。

 ノートに書き留めた言葉を綴ってみます。

・社民党と民主党は中道左派として一緒になるべきだ。

・これだけ選挙に負けても未だまとまらない民主党。内部では、自民党右派に近い人たちの発言力が大きくなっている。

・労働組合を基盤にする政党が議会にいない国は、ヨーロッパには一つもない。 働く市民の代弁者として踏ん張れ。

・今、円安になって、株価が上がって、多くの人が喜んでいるが、自公圧勝に 後悔する日が必ず来る。

・今回の選挙は、民主党がダメだったからクビにするというコイントスの原理

・メディアは、自民党になって政権批判をしなくなった。

・尖閣問題を作りだしたのは、石原。放火魔を放免し、消防士を責めるメディア。

・弱い者ほど、不満があるから新自由主義を求める。

・自民党には、経団連などの会員制のドアがあった。

・人間は自分の考えに合わないと切り捨てる。

・北欧型の福祉を求めていれば、税は手段なのだと気づく。

・日銀にお金を刷らせても、銀行で止まる。生活保護費を切り、給料は上がらない状態では、お金は回らない。何でデフレが脱却できるか。

・大切なのは、デマゴーグ、ポピュリズムの政治家と闘うこと。

・ローカルポピュリズム対ローカル政党。

・生活者と言うシンボルを再考する。

・論理ではなく感情で動く橋下。

・抽象的な雰囲気の中で流れている人は、橋下のような人を支持する。でも、地に足をつけて、福祉や教育をやっている人は、橋下を良く言わない。

・働く人が苦しんでいる。ローカル政党はそこまで下りていく。

・貧困、格差が広がる中で生活者の視点で考えていくことが大切。

・議員が行政の持っている資源を引き出していく。

・今は、大変な危機。参議院選の結果によっては、自民と維新がくっついて 改憲もありうる。

第2部では、議員との意見交換会を持ちました。

「がれき受け入れ問題」「民主主義」「定数削減問題」で話し合いました。

・結論を決めずに議論していくことの大切さ。

・地方議員は国会議員と違って、個人営業だと思え。

・社会民主主義と言う言葉は、理解されにくい。受け入れられない。普通に子育てできる。普通に働く。そういう表現が大切。具体的イメージを膨らませて、福祉国家を語っていくことが大切。

・数を減らすということは議会はいらないということ。県の執行部のやりたい放題にしていいのか。

・議員はこんな仕事をしているのだと伝えていく。

・民意を反映させるために複数配置が必要。

・国の小選挙区制の死に票。安定した多数派など必要ない。

・執行部に対していかに多様な声を反映させるかが大切。

・組織されない人の声を聞くこと。声の出し方も知らない人がいる。

・議員は、地方のリーダーになれ。

・議院内閣制と二元代表制の違いを考える。

 乱暴に聞こえる言葉かも知れませんが、私にはものすごい栄養になりました。

 自分の考えと異なる人の意見に耳を貸さない自分の姿も見えてきました。

 「民主主義は幻滅の繰り返し」と言われた言葉が心に響きました。

 2月17日は、大分市議選の告示日です。

 しっかり民意を反映させることができる人を選んでください。

 私も車輌から訴えていきます。


2013.1.31 左に偏っている?

 毎日寒い日が続いています。皆様どう過ごされていますか?

 2週間前、左の肩がきりきりと痛みました。(ここに針を刺してもらったら良くなるんだろうなあ)と思いながらもそんな時間はとれません。

 できるのは一つだけ。「ちょっとここを揉んでください!」とつれあいに頼んで肩を揉んでもらいました。ちょっとだけ楽になったような気がしました。しかし、次の日もまた痛みが続いてしまいます。また、揉んでもらいます。その繰り返しが三日続きました。

 つれあいがネックウォーマーを買ってきてくれました。温めれば良いと考えたのだと思います。それ以上に毎日肩もみをさせられるのに辟易したのかもしれません。感謝しながらそれを首につけて家事をしていましたが、きりきりとした痛みはなくなりませんでした。

 こういう時に頼りになるのが、やはり裏の藤田先生です。また、今回も駆け込みました。先生は、肩にふれるなりこう言われました。「筋です。筋が縮んでいますね。」この寒さの中で、体が硬くなっているのに、若い時と同じ様に動いていたからだそうです。年だと言うことでした。

 「靴下を履きよ!」といつも家で言われます。でも家にいる時は、素足でなければ気持ちが悪いのです。我が家はフローリングではなく、生板ですのでそれほど冷たくありません。だから決して靴下を履きません。節電でエアコンや電気ストーブもできるだけ小まめに消してしまいます。その影響はもろに体に出ていました。

 藤田先生に筋を伸ばしてもらい、痛みは取れました。以来、できるだけ寝る前に、腕を振り上げたり腹筋をしたりして体操をするようにしています。腕を振り上げるとコキコキと音がします。(これが筋の音なんだ)と変に感心していました。

 先週は、左足の付け根が痛み出しました。ヒールのある靴を履いて歩くと引きずるようになりました。(またあ!どうして?)と藤田療術院に駆け込みました。今回は、足の筋が縮こまっていました。治療の後、先生はこう言われました。「大丈夫ですよ。明日は痛みがなくなっているでしょう。」その通りになりました。痛みはピタリと止まっていました。感謝感激です。

 でも、今回も左側でした。新年明けにできた目もらいも左目でした。どうしていつも左ばかりが悪くなるのかしら?と不思議に思っています。

 先週、実家に帰った時に「N先生が出て行った。」と母が言い始めました。Nさんは教員のOBです。奥さんは母と一緒にお花の教室に通っています。少し記憶が厳しい母の言うことなので、あまり気に留めず、(どこの家にもいろいろなことがあるんだなあ)と考えていました。しかしそうではなかったのです。

一昨日、奥さんに話を伺って驚きました。

1月13日、老人会の新年会に参加した後、行方不明です。お弁当の入ったピンクのポリ袋の包みを持ったまま杖をついて自宅とは違う方向に歩いている姿が目撃されています。

 今日、別府警察署に家族の許可を得て、原田県議と行って来ました。署でも三日間は、捜索をしたのですが、目撃情報が少なく今は警らやバス、タクシーの関係者にも協力を依頼しています。水路やテトラポットの中に落ちているのではないか。もう2週間以上過ぎているので厳しいかもしれない。といろいろ考えてしまいます。

 新聞社も記事にしてくれました。新聞折り込みを販売店の協力でやってもらいました。Nさんは80歳です。小太りで、黒いジャンバーと黒いジャージを身につけています。白髪です。

 別府の亀川浜田町周辺の方が読んでくださっていたら、気にとめてください。

 私は今、母の介護の問題に向き合っています。介護が必要になる前の過渡期の課題を突き付けられた気がしています。Nさんが1日も早く見つかることを祈っています。


2013.1.10 今年の運は・・・

 新年明けましておめでとうございます。

 皆様は、どんなお正月を迎えられましたか。

 私は、12月28日に「わたげ」を書き終えたら俄然やる気になって、年末年始は主婦業全開で過ごしました。春の庭づくりも能力の範囲内で完璧にしました。半日で書き終えるものを、4日くらいうだうだして過ごしてしまうのですからこの性格を変えなければいけません。今年こそ自己変革の年にしなければと自分に言い聞かせています。

 暮れの31日に衆議院選挙でお世話になったMストアーに買い出しに行きました。カートを押して、店内を歩いていると目の前の青年が私に微笑みかけていました。

(誰だろう?)と一生懸命に考えるのですが、分かりません。彼は魚屋さんの白い制服を着ていて、帽子をかぶっていました。「誰だったっけ?」と訊ねると「R太です!」と答えました。「Rちゃん!」金池で一緒に勉強したR太君でした。専門学校を出た後、しばらくして都町で働いているとお母さんに聞いていました。決して水商売が悪いということではなく、昼夜が暗転する生活が若い人にとってどうなのかしら・・・。とずっと気になっていました。でも、なかなか連絡がつかず、会わずじまいで過ごしてきました。

聞くと水商売は止めて、ハローワークで今の仕事を紹介してもらい、Mストアー内にある魚屋さんで働いているとのこと。朝も早く、水も冷たく大変な仕事です。でも彼の笑顔は6年前のRちゃんそのものでした。「この仕事で技術を身につけるときっと将来に役立つよね。」と話し合いました。我が家はお店の近くです。「いつでも帰り道に寄ってね。」と話して別れました。Rちゃんの人懐っこい目が好きです。

 家に帰ると、Mちゃんが訪ねて来てくれました。大分医科大を卒業して、東京の病院で研修医として働いています。はたまたサプライズです。優しい先輩に囲まれているとのこと、安心しました。小さい頃は負けず嫌いで頑張り屋さんだったMちゃんも美しく聡明な女性に変身していました。落ち着いた言動に仕事も恋も充実しているのだと気づきます。

 元旦は、お雑煮を食べたら早速地元の賀来神社にお参りに行きました。

時間が早かったので、それほど並ばずにお参りすることができました。

 破魔矢を買ったらその隣でくじ引きをしていました。500円です。外れてもお杓文字(しゃもじ)がもらえます。その杓文字欲しさにくじを引いたら、ななんと「1等賞!」思わず飛び上がり、周りの人の祝福を受けました。商品は金粉入りの清酒でした。浮ついている私につれあいがポツリと言いました。「今年の運を全部使い果たしたんじゃないん?」どきりとしました。

 1等賞のお酒は、団地の新年ご例会に持って行って、みんなに飲んでいただきました。

 今年も予期せぬいろんなことが起こると思います。

 どんな波が襲ってきてもじたばたせずにやっていこうと考えています。

 皆様にとって巳年がいい年となりますように。