ある台風の近づいた夏の日、私と金魚は小鳥を拾った。

片田舎の山上湖での釣行の帰途の出来事である。
この作品はこれまでとまったく違った私の個人的手記である。
だから隠れ家のようなこのページにこっそり書くことにした。




















第一章 野鳥を拾っちゃったの章

その1

 その年の梅雨は台風が多かった。私と金魚が「ピー」と出会ったの
も、この夏六番目の台風が、ひどく湿った南風と多少の雨を引き連れて、
県央部の山上湖に近づいたある昼下がりのことだった。
 金魚と私は平日のバス釣りを、町境の山中に忘れられたようなSダム
で楽しむつもりだった。
 およそ釣りなんていうものは、休日を避けて、週の中頃あたりが最も
楽しめる。バスに限らず、この国では週末にかけて、ホリディ・フィッ
シャーマンの大群につきあわされ、引きずり回され、だましだまされ、お
預けをくらったり、くらわせたりを繰り返す内に知恵をつけたのだろう、翌
日、翌々日は魚たちも瞑想にふける時間が必要になるらしく、月曜、火
曜はエサを追わなくなってしまったのだ。魚にも休日は必要らしく、それ
はまあ、いわばサラリーマンの定休日のようなものであるらしい。
 もちろん、そんな難しい一日をあえて選んで釣行するのも、ヴェテラン釣
り師なら楽しみのひとつなのだろうが、その日の私には金魚というビギナ
ーの連れがあった。自分の釣果もさることながら、相棒にもそれなりの喜
びを味合わせてやりたいというのもひとつの釣りマナーなのである。


 1−2

 大口でパクパクしゃべり、昔から赤いバンダナがよく似合うから
私は彼女を金魚と呼んでいる。別に金魚鉢を抱えて魚釣りに行
った訳ではない。一応、人間の♀なのである。私もとりあえず人
間と呼ばれる♂であるから、ふたりは長いつきあいのカップルと
いうことになるのだろう。
 木曜の朝まづめ、台風六号が近づき、空はいちめんの雲に覆
われて時折の小雨と風。こんな日をフィッシング・デートに選ばな
い釣り人がいるだろうか・・・。
 案の定、ダム湖に人影はなく、大雨直前の水位、水温はベスト。
私たちはラッキーにも、この深い緑をたたえるキュートな山上湖
をひとりじめ・・・いやふたりじめにすることになった。

 並んで釣るのに格好のポイントを見つけ、さっさと降りてロッドを
振り始めた私の後を追って金魚がやってくる。あらかじめセットし
てあった調子の硬いロッドを渡すと、私は時を惜しむかにょうに再
びルアーを水面にキャストする。
 足許のブッシュから、小粋な黒い斑文をうすら青い喉元に貼り付
けた小魚が、大小取り合わせて五.六匹、フワリと浮き上がる。ブ
ルーギルだ。横合いからスッとスマート・グリーンの大きな魚影が
割り込んでくる。 ブラック・バスの幼魚である。


1−3

  幼魚といってもブルーギルよりひとまわり以上は大きい。全体が、湖の滋養豊かな碧緑に紛れ込むような萌葱色。体側に沿って黒みがかった太い測線が走り、いかにもグッドスイマーらしく見せている。
 ・・・ベイビーかい。おまえさんには用はないぜ。
 つぶやきつつジギング しながら、横手の金魚をチラリと見やる。
 「どうや・・・?」
 「ちっこいのがいっぱい追いかけよる。カワイー!」
 脇目もふらず大声で答えた。
 「ァホッ、でかい声出すなや。逃げるやンか」
 たしなめの言葉にもめげず金魚は聞いてくる。
 「これ、なんちゅう名前?」
 「エラと尻尾が青みがかった奴か?」
 「ウーン、ようわからんけど、まあるい黒い模様があるみたい・・・」
 「ブルーギルや。ちょっと平べったい奴や路ろ?」
 「ウン」
 「そいつらもバスのエサや」
 「ウソー、かわいソー」

 バスという魚は、目の前を動くものならなんでも口にする。小魚、カエル、昆虫、ザリガ
ニ、ミミズ、エビ、カ二、ヤゴ・・・中には溺れかけた野ねずみが腹の中から出て来る奴も
いるという。そのコイのぼりのようなデカイ口に合いさえすれば、すべての生き物が彼の
好物といってさしつかえない。
 ルアーという疑似餌の発明も、水辺で食事中に取り落としたスプーンに、バスやトラウ
トが(ます類)が飛びついたのを見て考案されたというから、彼らの食への危機感はすさ
まじい・・・。

1−4


 そもそも、バスは大正期に、学者で大実業家でもあった赤星鉄馬氏が、食用魚として
米国から輸入した。当時、貧弱だった日本人の食糧事情をなんとかしようと、様々な動
植物が外国から持ち込まれた。殖産興業の時代、体格の向上は国の指針だった。
 特に日本は淡水魚類の種が希薄だった。赤星氏に決して悪意があったわけではな
い。当時には当時の事情があったのである。ただ、日本人の食への潔癖が、この見た
こともない怪魚を食材として選ばせなかったのは予想外であったろう。しかし、それが
バスにとっての悲劇をもたらすことになる。
 バスは当然のように増えて行く。そして今、増えすぎた彼らは迫害の憂き目にあって
いる。
 戦後の外国文化吸収の百花繚乱の中でもたらされたルアー・フィッシングブームが彼
らの増加に拍車をかけた。それまで、箱根の芦ノ湖あたりで、主に外国人や親米家など
一部エグゼクティブだけのこの釣魚法がマス・コミの喧伝や口コミで広まるにつれ、バス
個体そのものも全国へ流出して行く。持ち前の旺盛な繁殖力で在来の日本固有種たち
を駆逐して行くバスの脅威に地方自治体が重い腰をあげる。掃滅作戦の開始である。
こうして子供たちのささやかな楽しみはまた奪われていった・・・。







その2

 「どうすんの?どうすんのヨッ!」

 だらだらとした私の思いを断ち切るように、金魚の銀のロッドの先にきらめくスプラッシュ
があがった。金切り声はあたりの山々に反響し、驚いた鳥たちは一斉に羽ばたいた。深い
静謐は無惨に切り裂かれ、森と湖が突然輝いた。止まっていた時間が急速に動きを取り
戻す。光を放つラインの水滴の飛散。スピンするリールがキーッと悲鳴をあげる。
 棒立ちになって必死にロッドを立てようとする金魚。彼女の仕掛けは3号ナイロンの、ノッ
トはダブルクリンチ。リールも大きいスピニング。簡単にはばれたりしない。
 「あわてるなよ。リールの根っこにスイッチがあるやろ。右に倒してみな」
 落ち着いているつもりの私の、実は上擦った本心を見抜いているのか、
 「右?みぎってどっち?」
 彼女は左利きだった。
 「箸を・・・イヤ、茶碗を持つ方やっ」
 ーリューッ。リールがつっかえをはずされ回転し、ラインがいっきにのびる。
 「リールのハンドルを持って!底に隠れちまうぞっ」
 叫んだと同時に湖の先で再び白いスプラッシュ。とたんにだらりとラインが水面に垂れ
下がる。
 「ざーんねんでした、バレちゃいましたネ」
 ニヤニヤしながら自分のロッドを木立に立て掛け、私は金魚の方に歩み寄った。ロッドを
受け取り、たわんだラインをリールの根元で断ち切ると、ゆるゆると手に巻き取りながら引
き寄せる。プラグの後部の三本針の一本が折れてなくなっていた。

 2ー2


 「けっこうデカイで、こりゃ。ま、惜しかったけどビギナーズラックや。フィニッシュまで
 行けたらバチが当たるっちゅうもんや。かかってくれただけでも恩の字や・・・」
 なぐさめのつもりの私の言葉を聞いてか聞かずか、金魚の方ではキラキラ笑いなが
ら跳び上がったり、うずくまったり、身をよじったり、忙しく嬉しがっていた。
 「キャー、初めてや。初めてかかった。初めて釣った。キレイや、めちゃくちゃキレイ
な緑色や。キンキンに光っちょるゥ・・・ウーウー、残念や。もうちょィやったのにィ。ウー
、そやけどキレーやったァ」
 ヤレヤレである。
 「見えたんか?」
 「見えた!オッキイッ。ひょろひょろリール巻きよった
 ら、すーっとルアーが通り過ぎた とたんに振り返っ
 てグァバッや。ああ、なんかスロー モーション見てる
 みたい」
 言葉は足りないが、何と的確な表現だろう。強弱も
高低もつけられないビギナーのリーリングは、まさに
バスから見れば、弱った小魚がヨロヨロ泳ぐ、絶好の
エサに見えた事だろう。バス・マスの食いつきは、彼
女の言うとおり、一度は見て見ぬふりで身体を反転し
通り過ぎたエサの後方から一気にカブリつく。その映
像はまさしくスローモーションのように釣り人の目に焼
き付く。舌を巻く女の感性の鋭さーー。
 「飛び跳ねた時に赤いエラの色まで見えた、ナンテ
 言わんでくれよ」
 「エーッ、あれってエラの色やったン。ルアーのお腹が見えたンかと思ったーー」
 ゲゲッと舌を二重に巻く思いにとらわれながら、私は巻き取ったラインを持参のビニー
ル袋に捨てると、リールからラインを引き出し、仕掛けを新しくしてやった。

2−3


 「カーボンと違って、ナイロン糸は伸びたり水につかったりで弱くなるンや。一匹釣れたらこまめに替えてやらんと、次の掛かりでプッツンするかもしれんのや」
 「へえ、でももう釣れんけん大丈夫やわ」
 妙な自信であるが、それは当たっている。
 「雲が増えてきたけど大丈夫やろか?」
 見上げると、南西方向の山際から暗灰色の重たげな雲が、北に向かって、のたうつように動いて行く。私はスイベルのスナップを開いて、トップウオーターのヤマメモデルを取り付けながら、先程はずした赤腹のディプシンカーの尻尾にもう一度目をくれた。そこには生々しく深いバスの噛み跡がクッキリ残されていた。
 決然と立ち上がり、私は強く言い放った。
 「もう20分だけトライするヮ。もし強い風が吹いたら、それで切り上げや!」
 「オウッ」
 男のように吠えて金魚も立ち上がる。空を舞っていた鷹の、白い裏羽の影二つが東の森へ連れ立って消えて行く。対岸で不思議そうな目でこちらを伺っていた、クイナとおぼしき三角形の茶金色の姿態が丘を駆け上がり、川笹のヤブの中へ融け込んだ。ウグイスの笹鳴きがやみ、彼方の山にドドドドーとヤマドリのドラミングがかすかに響いた。
 十二投目のキャスティングをしてリールを巻きかかった時、湿って生暖かい烈風が山を駆け下り、つむじ風となって張りつめていた筈のラインを大きく揺らした。
 「帰るデ」
 2−4


 声をかけた瞬間、大粒の雨。
 この釣りのいいところは、店仕舞いが楽なことである。しかも大きなタックルボックスは車に置いて、ポケットサイズのルアーケースとロッド、それにフックはずし用のニッパーだけという軽装備である。こんな空模様の日には欠かせないフード付きナイロンジャケットもちゃんと着込んでいた。
 二人はさっさと片づけ、さっさと丘を駈けのぼり、木立の下にとめたよく目立つメタルワインの箱車のハッチをオートロックで開けると、もう濡れる心配はなくなった。
 ルアーをはずし、ロッドをたたみ、リールをケースに戻すと、雨脚が強くなった。座席に飛び込み、ジャケットを脱ぎ、キーを入れ、セルさせてからエアコンのスイッチを入れると、入れっぱなしのCDがクラプトンのアコースティック・ナンバーを奏で始める。若い頃私が愛した、デレック&ドミノス時代の”スローハンド”の名曲をアコースティック・バージョンで再演した名盤である。特徴のある聞き慣れたフレーズが、当時の何十分の一のスローテンポで車内を充たし、身体が自然に一息つく。
 横殴りの風のせいでクレッシェンド・デクレッシェンドを繰り返す雨の中を、車は帰路を急ぐ。途中、ぬかるんだ工事中の点在するいつもの急坂を避け、市内に直結する、遠回りだが全舗装の県道を選んだ。
 「工事もあるし、石切場のダンプ道もズルズルになってしもうたやろうし、こっちから国道へ抜けようや。道は細いけど急がば廻れや。そのまま別府まで行って温泉に浸かるのもいいし、まだ市内は荒れてないやろし・・・」            「オウッ」
 思えばそれが金魚と”ピー”との出逢いのきっかけとなるのだが、その時の私たちにはそんなことはまったく想像もできないことだった。


その3


 車はダムを離れ、N渓谷を過ぎ、キャンプ場のわらぶき屋根を右に見て、大きく坂道を駆け上がる。このあたりまでは道路は造られたばかりの新道で実に快適である。雨も小降りにな
り、どうやら本降りに変わるまでには国道にたどり着けそうだった。
 左側に広がる杉木立も揺れは小さい。右手の小高い丘の上からはホトトギスの、独特の「トッキョキョカキョク」の声も聞こえる。ちょっと慌てすぎたかな、という思いが脳裏をかすめた時、行く手のセンターライン上にかすかにうごめく何かを見たと思うや、通り過ぎざまにチラリと見やれば、どうやら小さな生き物のようだった。
 「ナンかおったで!車とめてーー」
 急ブレーキとまでは言わない、金魚の叫びに反応して車をとめバックしてみる。
 「鳥や、鳥のヒナや」
 「ウソー」
 半信半疑につぶやいた。山の中の嵐に気はせいていた。バックしたときに踏みつぶさなかっただけでもラッキーだ。
 車を降りてみると、確かに野鳥のヒナらしかった。灰色がかった羽をやや緑に染めて、首筋の細かなうぶ毛だけはより明るい萌葱色。片方の羽をばたつかせ苦しげにもがく5センチばかりの小鳥に、再び雨が激しく降りつけた。
 捕まえようとする金魚の手を、逃げるようにすり抜けると、濡れそぼった小さな身体を引きずって道路の端の歩道脇に生えた萩の木陰に必死で滑り込む。ふぃふぃふぃ・・・と精一杯の地鳴きをして、親を呼んでいるのか、それに答えるように右手の土手の上からウグイスらしきけたたましい声がした。
 ケキョケキョケキョーー!
 「ウグイスや!」
 そこに居合わせたなら誰もがそう言うに違いない。どう考えてもこの小さなヒナは鶯色をしていた。しかし後になって思い返すと、土手の上の鳴き声は他にもあった。ホトトギスはずっと高い森の奥で鳴いていたし、聞き覚えのない、ピピピピピ〜〜っという、警告音とも思える細い緊迫感のある声もしていたのかも知れない。けれど、なんといっても最初に聞いたケキョケキョは耳に馴染んだ音であり、見つけてすぐのタイミングもよかった。つかみあげてみると手の中ではかなげに震えるヒナの色は、まぎれもなく二人の知っているウグイス色に他ならなかった。

 3−2

 「へえ、これがウグイスかあ・・・ちっちゃいねェ」
 「ヒナや、ヒナ。大人になれば15,6センチにはなるで。多分、このがけから落ちてきたんやろう。上に親がいるはずや」
 「うん、ケキョケキョ、ピーピー鳴いてる。かわいそうに、この子を探してるンやわ」
 私たちは呆然と目の前に立っているコンクリート製の土手を見上げた。
 と、今来た方向から路線バスが迫って来るのが見えた。バスは、道の真ん中に止めた私の車めがけパァ〜ンと警笛をひとつくれると、巧みに右へハンドルを切って走り去っていった。さらにその後から、これも大型のトラックが同じようにして、私たちへ不審気な一瞥を投げかけて駆け抜けて行った。雨はまた激しさを増していた。
 「このままではこの子、踏みつぶされてしまうがな。よっしゃ、俺が崖の上に投げ返してやろう」
 「え?そ、そんな無茶な。怪我してしまう」
 「大丈夫。こいつも野生の生き物や。それにヒナは身体が柔らかい。そう簡単には怪我したりせんよ」
 そう言うやいなや、私はヒナを右手でくるむようにして、下手投げでフワリと崖の上の草むらめがけ投げ込んだ。
 「キャ〜ッ」

3−3

 いちどはフワリと草むらに着地したかに見えたヒナは、しかし野生の本能でなのだろう、翼を開いたために押し戻され、手前の崖のふちに沿ってはえ降りているカズラの長いツルに引っかかって、そのまま羽ばたきながら足許のタケたヨモギの茂みの中へ落ち込んだ。
 非難がましい目で私をにらみつけながら、金魚はヒナの落ち込んだあたりへ駆け寄った。雨脚はもっと強くなった。ヒナは草に紛れて見えなくなってしまった。疲れたのだろうか、傷ついたのだろうか、フィフィ言う声も聞こえなくなった。もう見つかりそうもない。
 「野のものは野に返せ。人が手を出すもんやナインよ。もう行こう。俺たちがかえれなくなるー」
 雨と風に業を煮やして、私は金魚の袖を引いた。
 「俺だって可愛そうだとは思ってるんだぜ。でもこの雨じゃな」
 「そう、そうやね・・・」
 後ろ髪を引かれる思いの金魚が、しぶしぶ乗り込んでくるのを待って私は車を発進させた。
 クラプトンのメローなギターは”ティアーズ・イン・ヘヴン”に変わっていた。二人は黙り込んでいた。
 「だいたい素人に野鳥の世話は無理さ」
 「ウン・・・」
 「連れて帰ってから死んだら、そっちの方が罪やで」
 「ウン・・・」
 「自然に任せるのが一番の優しさってもんさ」
 「そうやね」
 「ウグイス育てたことあんのかよ?」
 「文鳥とカナリヤなら・・・」
 「それは鳥屋で売ってる奴やんか。ペットやないか。エサだってヒエやアワじゃない、ウグイスは虫食うんやで」
 「ゲッ!虫?」
 「しかも生き餌じゃっ!」
 「い、生き餌って・・・」
 「生きてる虫、動いてるフレッシュ・ワーム。クモとかオケラとかミミズとかーー」
 「あ、あんなに可愛い顔してェ?でもウグイスのエサってペットショップで売ってるやン」





3−4

「そんなもんばかり食わせたら、大きくなってから山へ返せなくなるやろ」
 「そうやろうかー」
 前方の道が急に狭くなった。風と雨は少し収まっていた。ここを過ぎると山間の細い林道に入り込む。もうUターンする場所がなくなるのだ。私は金魚の横顔を覗いてみた。同じ思いのようだった。私はスピードを緩めた。
 「ここから道が狭くなる。戻るならここしかない。おまえ、あのヒナこのままでほんとにいいんか?見捨ててもいいんやな?」
 「ーーいいや、やっぱり連れて帰る」
 「いつまで育てるつもりや」
 「飛べるようになるまで」
 「飛べたらどうするんや」
 「山に返す」
 「ホントやな?」
 「オウッ」
 金魚に元気印が戻った。ヤレヤレ、それはいいが、山に返すなんてホントにできるんかいな・どうせいざとなったら、寂しいからとか言って俺に押しつけるくせに・・・。



その4

 やはり遅かったのか、とって返した崖下のヨモギの群生にヒナの声も姿もない。手分けして辺りを探ってみる。
 いない。
 雨が強くなる。私は車からジャケットを取り出して、金魚にも着るように声をかけた。金魚は何故かそれを断って、一心不乱にヒナを探し続ける。こんな時の彼女に何を言ってもダメなことを、長いつきあいで私は知っていた。
 金魚はTシャツも、その上に引っかけていたシャツブラウスもズブ濡れになったが、意に介さずヒナを探し求め続けた。それだけ私よりも生き物への愛着が強いということなのだろう。
 私はといえば、実はかなりあきらめ気味なのだった。ともかく、このまま見つからなくても、それはそれでお互いにとって幸せかも知れない。人の手に育てられた野生が本来の野生になるのかどうか、私には疑問であった。それは正論であっても、しかし今の彼女には冷酷な理屈にしか過ぎないだろう。正しい論理が悲劇を招くことが多いのは特に女に対してであることは私だって知っている。
 冷たい雨がジャケットの中にまで浸みてきた。「あきらめようや」と喉まで出そうになりながら、足許に生えたヨモギの、とびっきり背の高い一群をワシ掴みにした時、ふぃふぃとヒナが鳴いた気がした。
 「おった、おったデーー」
 半信半疑の私の声に金魚が飛んでくる。
 「どこ?どこにおったん?」






4-2


 鳴き声が消える。見あたらない。せめてシジュウカラやカワセミのようにカラフルな鳥ならすぐみつけられるのにーー。保護色の、それも小さな小さなヒナ鳥では見つけにくくて当たり前である。私はイラついて、掴んだヨモギを株ごと引っこ抜き、後ろへ放り投げた。
 「おった、おったよ!足許、あしもとーー!」
 なんと、今放ったヨモギの中に隠れていたのだろうか、這いだしてきたヒナが後ろから私の足許めがけてヨチヨチと寄ってくるではないか。
 「おお、どこに隠れとったんや?しんぱいしたやないかーー」
 まるで迷子を捜し当てた父親の様にヒナを優しく両手ですくい上げた時、すぐそばの側溝の格子状の溝蓋が目に入ってきた。粗い格子の下には降り集められた雨水がゴーゴーと音を立てて流れていた。万一落ちていればヒナは一気に激流にのみこまれ、谷下の濁流の藻くずと消えていたことだろう。
 「穴に落ち込まんでよかったなあ。この子、運がいいわ」
 金魚もそう言って胸をなで下ろした。
 「でも、俺たちに捕まったのはウンの尽きだったりして」
 緊急時になるほど悪い冗談を言う癖が私にはある。
 「チャハハ、そうかもね」
 金魚はそんなことはおかまいなしである。こともなげにケタケタ笑うと私のジョークを聞き流す。
 「かわいそー、ブルブル震えよるゥ」
 感情表現の言葉が先に出てくる人間は間違いなく寂しさに耐えている人間だ。反対に状況表現が先なら育ちがよくて世間知らずであることが多い。金魚はついてなかったほうの人間に入る。感情が即出る人間の多くは自身の苦労を隠していることが多いものだ。
 「車にタオルがあったな。拭いてくるんでやれよ」
 「オウ!」
 男らしく振る舞うのも寂しさを隠そうとする防衛本能なんだ。
 ヤレヤレと座席になだれ込むように座り込む。ヒナは包み込まれたタオルの中で再び「フィフィ」と弱々しく鳴き始めた。濡れそぼった羽毛がみじめに黒ずんで、最初見た時よりもいっそう小さくはかなげに見えてくる。さすがに私もキュンときた。なんとささやかな生命なのだろう。





その5


 サア、それからが大変だった。市街地に戻って目を覚ましたヒナは、喉が渇いたのか、腹が減ったのか、ふぃふぃふぃふぃ鳴きだした。
 水があるだろう、やってみろと私が言えば、金魚の方は今日は忘れたと言う。いつものくみ置きがあったろうと言えば、今日はお茶にして持って来たと言う。お茶でもいいから飲ませてみろと言うと、お茶なんか飲むわけないと言い返す。お茶も水も同じだと言えば、どうやって飲ますと聞いてくる。手のひらでもボトルのキャップでも、注いでやれば勝手に飲むさ、舌があるんだからとせかすと、鳥に舌があるのかと笑う。トンチンカンなやりとりの内に、ヒナの方はキャップに注いだウーロン茶を、我関せずとピロピロなめ始め、その内又クークーと眠ってしまっていた。
 「今度目覚めたらメシくれって鳴くぜ。こりゃ急いで鳥屋に行ってエサ買わなくちゃ。やさしい鳥屋ならエサ食わしてくれるやろ。もしかして売ってくれとか言ったりして。ウグイスなら日本三鳴鳥だから高く売れるかもーーこれって違反か?台風が行っちまったらやっぱりすぐ山に戻さにゃならんのかな?」
 「ーーウグイスって尾がこんなに短かったっけ?エサ袋の絵で見たけど、もっとこうス〜っと長かったみたいやけどなあ・・・それにこいつ、おなかがやけに黄色いんやけど・・・ヒナやからやろうかーー」
 「ウッーーヒ、ヒナやからなァーー」
 「ヒナやもんねェ〜」
 「ウ、ウウ〜?」

5-2


 「ウグイスかも知れんし、そうやないかも知れん。県庁の森林課にでも聞いてみれば?とりあえずウグイスのエサ、340円な」
 冷たい鳥屋だ。
 「こりゃあかん、ホームセンターへ行こう。とりあえず安いし、容れ物かなんか買わんとな。帽子じゃかわいそうやろう」
 鳥かごは立派な竹製で1400円もする。しかもこのサイズではすり抜けてしまうだろう。キョロキョロしていると虫かごが目に入った。水槽式のよくあるプラスティックの奴だ。しかもわずか100円!エサもさっきのペットショップよりグッとお安い。これでいいわい--。ひとり満悦しながら車に戻ると、ヒナを大切そうに抱えていた金魚は、見るなり、
 「それだけかい?」
そういうなりヒナをこっちに押しつけ、
 「ちょっと見てくる。ついでにトイレ」
 その間にエサをウーロンで練ってやり、爪楊枝の使い古しを車のくず入れから拾い出し、コケシの部分ですくってやると、ヒナは欠食児童(古いな〜)のように大口を開けてフィフィいいながら食いついた。鳴くか食べるかどっちかにしろよとボヤキつつ、またひとくち。世界広しといえどもウーロン茶を飲んだウグイスはこいつだけだろう。ちょっとした午後の紅茶である。結局、四くちばかりペロッといったところで金魚がなにやらわらクズのかたまりのようなものを持って戻ってきた。
 「ナンじゃそりゃ!?」
 「鳥と言えば巣やろ、ヤッパ。あれ?エサやってるの?何でコネたン?ウーロン!?いいんかい〜」 「よく食うで、こいつ。ウーロンのほろ苦い大人の味がいたくお気に入りのご様子や。なにしろ南アルプスのおいしい天然水仕込みやで。身体にええやろ?ホレ、もっと食ってみろ」
 ヒナは五くち目のウーロン練りにチラッと一瞥をくれると今度はくちばしをチョンとあてがってみただけで プイッと横を向いてしまった。その拍子に、エサの端くれがピュッと辺りに飛び散った。
 「やっぱり.ウーロンじゃねえ〜〜」
 白い目をむいて見下げるように金魚が皮肉った。
 「そ、そんなことないって。さっきはバクバクいったんや。えらい小食やなあ?きっとエエトコのボンやで、こいつ・・・」
 「誰がオスって決めタンよ」
 「・・・ほな、エエトコのお嬢かいな、こいつ・・・」
 「さあ?」
 もう満足したのだろう、ヒナは再び厚ぼったいグリーングレイのまぶたを閉じてク〜ク〜と寝息を立て始めた。やせた羽根の肩胛骨?が寝息に合わせてかすかに上下して、このいとおしく小さな命の疲労を私たちに思い出させた。
 こうして私の、金魚とヒナとの短い夏の七日間が始まった。







その6−1


 ヒナの名前はいつの間にか”ピーちゃん”になってしまっていた。ありきたり過ぎるから、私としてはチッチとかピー助とかよんでいたのだが、いつかしら金魚の呼び方に淘汰されてしまったのである。
 金魚と私は代わる代わるピーの世話をしたが、主に面倒を見るのは意外に私の方だった。金魚は外に仕事を持っていたからである。暇な物書きの私に、いきおい”子育て”が回ってきたのである。
 金魚には18になる娘がいたが、これが少々困りものであるらしかった。早い話がプータロさんである。最近の若い人には珍しい話ではないのだろうが、自然の生き物というものに触れたことが少なく、ピーのあまりの小ささや、触れれば壊れそうなはかなさを怖がった。よく言えば、こんな些細な生き物にも生命があり、それがいつしか消えてしまうものであることを知っている、ということかも知れない。彼女の父親は、彼女がまだちいさいうちに金魚から家を追い出されている。素行が悪かったらしく致し方ないことではあるが、幼心に「人はいつしかいなくなる」ことを知ってしまったのだろう。
 彼女が酔っぱらった勢いを借りて、心にもなくピーにエサをやろうと思い立った時には、ピーは幸いにも?私の家へと引っ越した後だったらしい。これはピーにとってはラッキーだったかも知れない。壊れ物としての小さな命に恐る恐る触ることほど、実は危険な行為はないからだ。それは人間の子供を持つ母親でも同じ事だ。おばあちゃんの意見をさして聞きもせず、子育てしようとする若妻を見ていると冷や冷やする。触る資格のある者とない者というのは確かにある。では私たちには、このはかなげな野生に触れる資格はあったのだろうか?
 どっちにせよ金魚には今一人?危険きわまりない同居者がいた・・・。





6-2


 ”ミック”はまるで人間のひとり息子のように猫っかわいがりされてきた、白い老ポメラミアンのオスである。「猫かわいがりされてきた犬」というのも妙だが、この種の犬の例に漏れずチビで臆病のくせ向こうっ気だけは強く、弱い者ーー特に自分より小さい者にはめっぽう強気の上、わがままで自己中心的である。そのくせ見た目は愛らしく、大体が薄汚れた様な茶系の多いポメの中では珍しく上品な白毛を持っていたから、なおのこと他人からも愛されてきた。つまりいわゆるナルシストであった。
 およそ年を取ってなおナルシシズムを捨てない者に概して「いい奴」というものが少ないのは、人も犬も同じである。
 私から見れば、先の娘もこのミックも、似たもの同士に映る。お互い、人に愛されたくてたまらないくせに、人に嫌がられることをしてみせるヘキがある。寂しいくせに突っかかる。もしかしてこの私もそうかも知れないが・・・。
 そんな中に放り込まれたピーこそ、いい迷惑だろう。
 だが、彼女(彼?)はエサをねだるとき以外は、常に野生の尊厳にあふれていた。
 羽毛を逆立て、丸く太ってきた身体をよりふくらませて、じっと巣のふちに立ちつくす。動かないのはズボラなのかと思うと、実は常に家人に対して注意を怠らず、つぶらな瞳で警戒し続けていた。
 黒い、小さなアズキのような目の上に引かれたアイラインは涼しげな薄黄色で、その下には両目をはさんで野生の精悍さを漂わす眼線が黒くクッキリ走り、そのどちらもがウグイスの仲間であることを如実に示していた。
 腹部の萌黄がかったたおやかなうぶ毛は、しばらく飼い続けた間も消えることなく、くちばしは上部が褐色、下部はクリーム色で、短い尾は当初、翼の下に隠れがちに小さかったが、次第に伸びてきたところを見れば、茶を帯び輝いていて、やがてしきりにそれを上下させるようになっていった。
 翌日、怪しい同居人たちの危うい視線を逃れて私の家へと非難してきた時、私にはピーの逞しくも思えるその変容ぶりはまさに驚きであった。
 フィフィという声は相変わらずはかなげであったが、ふっくらとしてきた体型は、一昨日のそぼ濡れてみじめな家亡き子のものとは思えない、生気と野趣に溢れかえっていた。わずか一日でこの子は成長していた。





6−3



 80が近づき、少々気の弱くなってきた父は、ピーの野生にかなり困惑気味だった。初めて見たときこそ、ホホーと興味を示して笑っていた見せていたが、その後は次第にこのとるにたらない小さな命に圧倒されていったようにも感じられる。ピーに触ろうともせず、もちろんエサを与えることもなかった。
 父にとってのピーは、彼の唯一の趣味であった俳句の題材にもならず、只ただ、やかましくさえずる、ちょこまかとしたうとましい異分子に他ならなかった。
 野生の、ほとばしるような生の息吹は、暑苦しくこの老人を責め立てただけだった。よく言えば、野にあるものは野にあってこそ優雅ーーそれを彼が一番よく知っていた、ということだろうか。
 では、私にとってのピーはといえばーー?
 私にとってピーの存在はーー。
 私にとってこの小鳥はーー
 いったいなんだったというのだろうかーー
 少なくとも、未だにそれがわからないからこそ、この事実とも作り事とも知れぬ小品を、私は書いてみている・・・???






その7−1


ピーが金魚と私の家を行き来している間、台風6号は去り、8号が来て、9号、10号、11号と立て続けに南方で台風が発生していた。
 その間も、ピーは大口を開けてエサをねだり、フンをしてはぴょんと跳ね、フンから離れて眠り、ティッシュの綺麗な巣でしか眠ろうとせず、そうでなければクリーニングについて来る青い針金ハンガーの上にとまって背伸びをしたり、羽根を左右別々に延ばしてみたり、毛づくろいをしたり、窓際にぶらさがった物干しひもでじっと眠ったり、朝な夕なに空腹で鳴いたりして、大きくたくましくなっていった。

 ピーの最も得意とするのは、垂直ジャンプと居間の”谷渡り”だった。
 いつぞやはテレビを見ている父と私の前を、サンルームから居間の飾り棚までの約4メートルを見事な飛翔で横切り、飾り棚のガラス戸に当たって失速落下したのち、すぐにテーブルに跳び上がり、私の頭まで戻ってきて二人を驚かせて見せたし、夜、玄関の吹き抜けの飾り窓のフチで寝ていたのが、朝になって私の寝室の開けっ放しの入り口に舞い降りてちょろちょろしているのに気づき、あわててつけっぱなしの扇風機をとめさせられたりもしたものである。

 もうひとつ、ピーには奇妙な習性があるようだった。
 ”羽振り”とでも言えばいいのだろうか、左右の羽根を代わる代わる、力を込めて丸く降り出すのである。ちょうど、卓球のスウィングのように、内側へ羽根を丸く振り出すのである。
 古代史が専門の私には、それが、銅鐸に刻まれた絵柄にある呪術師の霊を呼ぶ姿に見えた。
 古代から、鳥は天に舞い上がり神との仲介をする、聖なる生き物であった。”羽振り”という言葉はのちに「はふり」・・・「ほふり」・・・「祝り」・・・と、神職の称号になってゆく。
 その羽振りに私は神聖を感じていた。しかし、おそらくそれは、小鳥が成長して行く過程の、屈伸運動のような所作だったのだろう。
 以前、TVで、南方のフウチョウが求婚行動として、同じように羽根を何度も丸めているのを見たことがある。あれと同じようなものだったのかも知れない。今でも時折、奇妙なピーのその姿が思い出され、クスリとすることがある。

 7−2


 私は図書館に行くのが習慣で、週に一度は作品の参考文献として5,6冊の本を借りていたのだが、この頃は、野鳥の図鑑を借りることが多くなった。ピーの正体が私なりに知りたかったからだ。

 そんな時、ピーは車のダッシュボードに置いた例の虫カゴのフチにとまって、じっと私との奇妙なドライブを楽しんでいるようだった


 煙草吸いの私が車の窓を少し開けても、ピーは不思議そうに外の景色を眺めたり、時折聞こえる、ツバメやスズメの声に小首をかしげるだけで、決して飛ぶことはなかった。

 翌日、いつものように図書館からの帰り道、信号待ちをしているとき、ピーが虫かごの上で鳴いているのを、対面にいた車の中の中年紳士がめざとく認め、小首をかしげながらニッコリするのを私も気づき、なにやら面はゆい気持ちになったことがあった。

 車の中で鳴く小鳥を見て、彼はなんと思ったろう。おかしな奴だと独り言を言っただろうか?それとも単に、よく慣れた小鳥だと感心しただろうか?

 私は自分では「おかしな奴」だとは思っていないが、人の感じ方は様々であろう。それより、ピーは決して私に慣れているのではない。この子は私という気ままな人間のテリトリーで、ただ単におびえて動けないだけでいる、あわれな野生の命に他ならないのだ。それが彼に伝わるだろうか?心がちくりと痛むのを、私は気づかぬ振りでやり過ごした。今でもそれを思い出す。

 その日の私は、思い当たって、野鳥のCDと言う奴を借りてみた。
 CDチェンジャーにセットして、走りながら仲間の歌声に反応するかどうかやってみたくなったのだ。

 あいにくこのところ、金魚は仕事が忙しいらしく、この実験にはつきあうことができないが、ヒマな物書きの私には時間はいくらでもあった。夕方、父の食事の支度をする時間までに戻ればいい。私は、車をあの山上湖まで走らせることにした。

 生まれ故郷の山の香りと、仲間の鳴き声を聞きながら、ひょっとして里心のような何かがピーの中に起こるかも知れないが、それでもかまわないと思っていた。いや、むしろそれを望んでいたのかも知れない。
 7−3

 週末のダム湖はけっこう釣り人もいたが、台風と台風の狭間ということもあり、いつもと比べればその数は少ない。私はCDの音量をやや大きくしてダムの外周をゆっくりと車を転がして行った。
 このCDは、女性のアナウンスでまず鳥の名前を紹介したのち、その鳥の声が聞こえてくるというもので、非常にわかりやすい反
面、アナの声がビックリするほど大きいのが玉にキズである。
 ──ウグイス!・・・ホーホケキョ、ホケキョ・・・


7−4


 ダムを一周して、車はいよいよピーを拾った崖へと近づいた。その間にCDもひとまわりしてしまい、ピーの生まれ故郷に着いた頃には、また最初のウグイスのさえずりに戻ってしまっていた。再度ウィンドウをすべて降ろし、さすがに気になって虫カゴにフタをする。空は次の台風の影響か、少し曇り気味。風はムッと湿気を帯びている。

 ここでCDが、
 ――メボソムシクイ!
 ――チョリチョリチョリ・・・
 ピーの紫のシャドウを掃いたようなまぶたが再び降りてゆく。
 「オヤオヤ」
 こりゃあ、よっぽど眠いのか?クーラーを入れ、窓を閉めてしまうとCDの例の「ショウチュウ一杯、ビーッ」ガ始まって、ピーはパッチリ目を開けた。

 「ナンだ、眠いんじゃなかったのか?」
 車はついにピーを拾ったあの崖の下に到着した。この小さな命を人間の世界に放り出した、生まれ故郷の崖に。

 あの時の崖は、あれから地元の整備の手が入ったと見えて、ピーが隠れたあの背の高いヨモギはすっかり刈り込まれていた。すさまじい勢いで流れ落ちていた側溝の水もかなり治まっている。さえぎる物のなくなった崖下には、おびただしい数の溝アナが口を開いていた。つくづく運のいい鳥だったのである、ピーは。

 私はエンジンを止めた。他の鳥の声は今は聞こえない。しかし、ピーが突然「里心」を取り戻して飛び立ったりするかも知れない。そっれはそれでかまわないが、人間はやはりいざとなるとわがままになるもので、心構えにはそれなりの時間を要する。

 車から出て、私は崖を見上げた。


人工の、整然としたコンクリートの壁の上に、この子を拒んだふるさとの森が見える。あそこには仲間がいる。新鮮な木の実や虫もある。しかし、同時に蛇やカラスやイタチなど、むきだしの自然の驚異もあるだろう。そこへいずれはこの子を帰さなければならない。その時私は後ろめたさを感じるのかも知れない。いや、後ろめたさを感じているのは今も同じだった。この子があの時あの場所で死んでいたとしても、この子のささやかな肉体は土に還り、この星の一部となることで、その生の目的は達成されることになったろう。私と金魚はこの子の運命をわずかに変えてしまった。それは自然ではない。いらぬ世話だったのではないのか。

 私は時に思うことがある。人間もかつては死ぬことによって地球に貢献出来ていたのではないだろうか。生きている内、人は、自然という完成された神の法則を打ち壊す、破戒僧えはなかろうか?この星に意志があるなら、一番に消えて欲しい生物はおそらく人間ではないか。私たちは地球にとっては自然のルールを打ち壊す、むずがゆい疥癬のような存在ではなかろうか。生き物は、生きて死ぬことにちゃんと意味が与えられている。しかし、人間、特に日本人は肉体を焼き、肉体を土に還さない。かつては直接土葬されていた。すくなくとも身分の低い者はそうだった。私たちの営みは、生命という希有な存在を造りだした偉大な地球を、ただひたすらに苦しめているだけではないか。

7-5


 フィフィフィフィ・・・・。
 私の哲学的瞑想など、腹ぺこのピーには関係ない。私はあわてて車に戻りエサを探した。しかし、そこでふっと別の考えが頭をよぎった。腹がすいている状態でこの子を外に出してみたらどうだろう?エサを求めて飛び立ち、崖の上の元のねぐらに戻っていかないだろうか。なつかしい母のいるはずの森に・・・。

 私は虫かごのフタをそっと開けてみた。ピーはすぐさま縁に飛び上がり、小首を傾げて口を開き、おねだりするように鳴いてみせる。私は虫かごを持って車を降り、崖の真下のコンクリートの溝蓋に静かに虫かごを置いてみた。

 ピーは驚いたように忙しく左右を見回していたが、虫かごの縁から動こうとはしなかった。私はできるだけ音を立てないように近づき、ビンからエサをつまんで手のひらに乗せねピーの目の前に差し出した。するとピーはいきなり手のひらのエサをついばみ始めた。私は思わずホーッと息を吐き出す。そして急いでピーを虫かごの中へ戻し、フタをし、車にとって返すと、ドアを閉めた。改めてピーを手の甲に乗せ、今度はゆっくりと小さじにすくってエサを食べさせた。心臓がドキドキと音をたてていた。

 セルを入れるとCDの声が「ウグイス!」と叫び、ホーホケキョが始まった。腹がくちくなった野生の鳥はそれを子守歌のように聞きながら、虫かごのふちで船を漕ぐようにうとうとし始めた。私はアクセルをそっと踏み込んだ。

 その夕方、迎えにきた金魚の車に乗って、ピーは愛に飢えた連中の待つ繁華街のアパートにまた行ってしまった。その夜の私はピーの鳴き声のしない寂しい部屋で、ポツンとひとり本を読むしかすべがなかった。







8−1

 その夜のことである。
 金魚はピーにエサをやっていた。猫っかわいがりされた犬・ミックは小さな柵で仕切られた
隣の部屋で丸まってその様子を眺めていた。
 金魚はピーを自分の腕に乗せてエサを与えながら、後ろにいたミックに向かって、
 「ホラー、ピーちゃんやでえ、可愛いやろー?」
と腕を突き出して見せびらかしたそうである。
 と、突然、ミックが柵を跳び越して突っかかってきたかと思うや、ピーめがけていきなりかぶりついた!
 「あ”?!」
 金魚はとっさに思いっきりミックの頭をひっぱたいた。猫っかわいがりされた犬のくせに、犬としての本能が腕からミックを離さない。仕方なく思いっきり腹をぶっ叩いた。クワンと唸ってようやく口を開く。すかさず犬の口をはらいのけた。すごい力で抵抗するミック。その口にしかし小鳥の影も形もない。ギョッ!もう飲みこんじまったか!?

 と、後ろの虫かごからフィフィフィーっという強い警告音が聞こえ、振り返るとピーが、なんと虫かごの中で羽ばたいているではないか!
 どうやら、とっさの本能でいち早く危険を感じ取ったピーは、一瞬早く飛び退いたらしい。金魚のうすっら日焼けした腕には、ミックの咬みあとだけがクッキリ残っていた。
 「痛ったあー」

 金魚は当然怒り心頭に達していた。しかし、おあずけを食らわされた犬が、しかも新参者のちび助が自分より先にエサをもらおうとする小鳥を許せるはずもないこともちゃんとわかっていた。
 ひととおりしかりつけたあと、金魚はドッグフードを与えた。食卓の夕食を与えなかったのは、長く犬とつきあった愛犬家の優しさであり、厳しさでもあった。年老いた犬の喉に小骨の多い魚などはつらいエサなのであった。喉に詰まらせたら死を招く場合もある。また柔らかくおいしい人間の食事は動物に贅沢と怠慢を教えるだけである。おこで生き別れするかしれない生き物をあまやかせば、もし迷子になった時、即死が待っているということを彼女は知っていた。動物を飼うものにはそれなりに、彼らに対しての責任が伴うのである。それは人間の子供も、野生の鳥も例外ではない。

 「ピーにもそろそろ生き餌をやらにゃアカンなあ」
 後日、その話を聞いた私が、しみじみ言うと金魚は、
 「ゲゲッ、気色悪い!」
 ナンダ、ピーは別格かい?拾ったものには無責任な女だった。私は内心あきれたが、金魚はとんちゃくなく市販のエサを与え始めたのだった。ピーもそんな危険のことなど忘れたようにパクッと食いついた。どうやらやきもきしたのは話を聞かされた私ひとりだったようである。
私には今のところ無償でエサを与えてくれる奇特な人は今のところひとりもいない。

8-2


 翌日、ピーは今日も金魚宅にいた。
 金魚は早朝から街のコンビニに出勤していた。家には危険な男・ミックの他は、例のオウータロ娘が惰眠をむさぼっているだけだった。ピーは虫かごで、これまたクークーと寝息を立てている。

 考えたら、こんなアブナイ状況はなかった。
 金魚の娘は昼間で惰眠をむさぼる。若い証拠である。はじけるようなティーンの情熱はどんなにシャイにして見せたところで、若い肉体に無理をさせてしまう。知らずのうちに身体は律動し、それは大人の行動を圧倒する運動量をこの華奢な小娘にも強いていることとなる。だから若い者はよく眠る。
 おそらく30代後半までそれは続く。本人はいたって平気であるが、夜はその分の安静を求めてくる。だからよく眠る。50を過ぎてなおよく眠れると言う者は、よほど体力があるか、新陳代謝が激しいか、そうでなければアホである。この娘にはそのすべてがあてはまる。だからますますおく眠る。

 彼女が起きてからこそがピーの正念場である。

 アブナイ男、ミックはすでに昨日、手痛い失敗を犯した。いわば経験者である。しかしこのプータロにはまだその貴重な経験がない。私としてはできれば夜まで、そのまんま眠っていて欲しいものである。

 あんた、そんな人ごとみたいにしてないで、自分で行って世話してやればいいじゃないか?読者諸兄はそうお思いかも知れないが、私とピーは同居して暮らす普通の夫婦のようなつきあいはしていない。いわば通い婚とでも言おうか、随分よい例をあげるなら、サルトルとヴォーボワールの「スープが冷えない距離」の恋愛とでも言おうか・・・
だからそんなこととは私は後から聞いただけなのである。不可抗力だ。

 それよりも、出勤するなら初めからうちに連れてくればいいものを、仕事の疲れでバタンキューと寝てしまい、気づけば翌朝という金魚の暮らしぶりを哀れんでやらねばなるまい。

8−3


 「ムーン・・・」

 し、しまった、聞こえてしまったか、私のぼやきが!
 起きても大して意味のない娘は目をこすりながら伸びをした。すかさずミックがエサをせがんで吠えたてる。
 どうもこのポメという犬には神経質のDNAが祖先であるスピッツからしっかりと受け継がれているらしく、気ばかりが強いうえに極めてわがまま。典型的な「弱い犬ほどよくわめく」を地でいった駄犬である。役に立たないことこの上ないのだが、そこが愛犬家には愛されるらしい。むしろ犬と言うよりやかましい猫といった風情で、可愛いからいいものの、そうでなければとっくに絶滅している。

 しかし彼はこの家にすでに14年も飼われた犬であり、犬年齢を人間に換算すればすでにいい老人である。いわばプータロよりも人生の先輩といってもいい。まあ、悪く言えばアホの先輩なのだが、ミックにとってこの娘は可愛い妹分くらいの認識であろう。ご主人はあくまで金魚である。だから時折、彼女をなめてかかる。今吠えているのも、
 「いつまでぐだぐだ寝てやがるのだ。早く起きてわしに飯を喰わさんかいっ!」
くらいの揶揄が含まれている。

 「あー、わかったわかった。エサなら今やる」

 ほらちゃんと聞き取っている。

 最近の娘は、人のことにはまったくと言っていい程気が利かないが、自分のことだけには妙にこまめである。起きあがると布団をたたみ、歯を磨き、入念にトイレと化粧をすませ、冷蔵庫に向かう。自分の食事をまず作るつもりらしい。
 と言っても、大したものが作れるはずもない。せいぜいラーメンくらいなものだろう。冷蔵庫を覗いて見たのは単なる習慣に過ぎない。人間としての性である。犬にはできない数少ない人間的行動である。

 ガサガサガサ・・・やっぱり。袋ラーメンを探す音がする。

 この娘、妙なところでこだわりがあるらしく、カップ麺には手を出さず、古風な袋ラーメンばかりを愛好している。おそらくゴミが少ないことと、ほんの少し残っていると思われる女の部分が湯を注ぐだけのカップ麺の調理法を選ばせないのか、いずれにせよ、まるでおっさんの単身赴任者のようなノリで、スーパーで選んできてあったとっときの「醤油豚骨」を鼻歌交じりに作り始めた。彼女の名誉のために申しておくが、鼻歌だけは若い「アユ」だった。

8−4


 腹がくちくなるとようやくミックのエサである。

 固いドッグフードは金魚が、ミックの顎が弱らないようにと小さい頃から与えてきた。たまの誕生日にもこれだから、以前、誕生日くらい肉を食わしてやれよと私が言っても、ガンとして変えなかった。その金魚の決めごとを、この娘もしっかり守っていて、妙なところでやはり親子なのが私にはおかしくてたまらない。スネた振りを見せても、この娘はまだどこかで母親を頼りにしているのだ。だからいつまでたっても金魚は私のところへ入り込んでこれないでいるのだが、もう10年も待ち続けていると私の方でも、もうどっちでもよくなってくるものである。むしろ、入り込んでこない女の方が気楽でよいとさえ感じている。常に同居していることにさしてこだわりもなく、その方が会ったとき新鮮な感覚でつきあえるのである。

 ミックの食事は私から見れば哀れなほどつつましい。
 カリシャリと乾いた音をたてながら、この老犬は、毎度味気ないドッグフードの粗食に耐え、時には「健康食」などという人間だけの詭弁を付け加えられたトマトなどというお門違いのごちそう?を与えられ、色が肉と勘違いさせるのか、意外やうまそうに喰っている。
 思いこみとは恐ろしいものである。

 たまには血の滴る生肉や、コラーゲンたっぷりの牛の骨髄などをTVの漫画のブルドックのように食べさせてやりたい。同じ男として、ミックへの憐憫の情押さえがたいものがある。しかし、この老いた、白い、小さなポメは今、じっと粗食をかみしめている。男だねえ。^^

 考えてみればこの家では、彼はまだ贅沢な方なのである。

 今しがたプータロが喰ったのもラーメンであるし、実のところ大した具も入っていない。私なら時間を惜しまず作るであろうチャーシューやゆで卵なども、ましてやネギやナルトも入ってはいないのである。いわゆる「素ラーメン」なのだ。ご主人様の金魚でさえ、昼は仕事場のコンビニで売れ残った賞味期限切れ寸前の、ゴミ袋行き弁当であり、夜はありついてそうめん。時には昨日のつまみの残り物のピーナッツで用を済ませてしまうこともたまにではなくあるらしい。

 私にとってはおやつのような彼女たちの貧しき食事を思うと、まるで自分がフランス革命前のマリー・アントワネットにでもなったような罪悪感に襲われることがある。

 「そんなにパンが足りないのなら、おかしを食べればよいのに・・・」
 「女王様、こやつらはすでにお菓子を食っております」
 「なに?お菓子が食べられるならそれでよいではないか?」
 「お菓子しかないから仕方なく食べておるのです」
 「うそを申すな!調理が面倒だからであろうが」
 そういうことだろうよ。多分。

8−5



フィフィフィ――。
いよいよピーが鳴き始めた。娘はおもむろに立ち上がり、冷蔵庫の中に首をつっこんだ。そこには金魚が作り置いてあったエサが入っている。

娘はおぼつかない手つきでエサのビンから小さじを取り出すと、少しばかりの練りエサをすくい、ピーの虫かごに忍び寄った。母親からやり方を教わっていたのだろう、虫かごのフタをそっと取り外し、そおっと手を差し伸べる。ミックが見てられんという風に「クワン」とひと吠え。しかし、学習能力のあるミックは今回はさすがに動かない。ケージの中から静かに様子をうかがっているだけである。あとがこわいことも充分わかっていた。

 娘の方はそれどころではない。彼女も自分の母親の怖さは十二分に知っている。怒らせたときの金魚は鰐より怖い。

 震える手つきで近づく娘に、ピーの方はまったくとんちゃくなし。相手が誰であろうとエサさえもらえればそれでいいのである。こともなげに、差し出された目の前の腕にピョンと飛び移った。
 驚いたのは娘の方である。初めてエサをあげる相手に畏れもなく飛び乗られたのである。おまけに鳥の足の感触は彼女には初体験。思わず自分も飛び上がってしまった。

 さあ、今度はピーの方がビックリした。いつもなら静かにエサをくれていたはずの人間が、突然腕を振り上げて飛び上がったんだからたまらない。羽をバタバタさせて避難する。こうなると野鳥の方では警戒する。部屋のカーテンのうしろに逃げ込んで、フィフィフィフィっと警告音を立て続けに発する。いくら呼びかけてもこうなるとダメである。近づけば逃げ、追っても追ってもに逃げ惑う。ついにはこともあろうに、知らぬ顔を決め込んでいるミックのケージの上に飛び移り、そこにじっとうずくまってしまった。

 慌てたのはプータロである。食われては大変とばかりにケージの上のピーめがけ突撃する。ピーはとっさにケージの編み目から、中で目をつぶって狸寝入りしているミックの頭上へ飛び降りた。




ヒエー!!





 娘がそれこそアホみたいな奇声をあげる。
 ミックは薄目をあけて頭のてっぺんに陣取ったピーを上目づかいに見ようとするが、ちいさなこそばゆい足の感触はあるものの何も見えない。再び知らぬ顔の半兵衛を決め込んでしまう。まったくカメラがあれば撮っておいてほしいものだ。

 プータロはついにエサやりをあきらめた。
 エサのビンをテーブルに放り出し、とうとうゴロンと横になってしまった。
 ピーは、静かになった部屋を眺めながら、ミックの頭の上でピフィフィフィーっと勝利の雄叫びを挙げた。下にいるミックは思わず首をもたげてあたりを見回しては見たが、なにしろなにも見えないので再び狸になる。ミックはさっき食ったばかりで腹が満たされていた。それも幸いしたのかも知れない。しかし、ミックよ、よく踏ん張った!

 あたりが静まると、ピーはおもむろに羽ばたいてテーブルに飛び移った。そしてなんと、開けっ放しのビンの縁にとまり、首をつっこみ、自分でエサをついばみ始めたではないか!

 「何それ?自分でできるんなら最初からそう言えよなあ・・・」

 ヘロヘロになったプータロはむかついた顔でつぶやいた。

 かしこい野生は、ミックの、時折娘にかぶりつく習性を知っていたのだろうか。一番安全な場所としてあえて危険なミックの頭の上を選んだのだろうか??すべては不明。すべてはこともなく片づいた。

 それから腹をくちくしたピーは自分で虫かごに戻り、娘がフタをしてくれるのを待って、クークーと快適な眠りについたのだった。







9-1

 翌日のピーを見て、ますますたくましさを増したことに、私は一抹の寂しささえ感じるようになった自分に、やや戸惑っていた。

 「ぼちぼちピーを山に返そうかと思う──」
 私は金魚にメールでそう伝えた。あれから二日間、大雨が降り続いていた。じめじめした長雨に父はご機嫌斜めで、気の滅入る愚痴が口をついて出るようになった。どうやらピーの存在は、やはり彼には疎ましいものになって来たようだった。

 いわく、そんな鳥なんかより俺の世話をちゃんとしろ。いわく、フィフィ鳴かれたらやかましくって昼寝もできん。いわく、家が汚れる。つまり、早いとこ野に返してこい。そういうことらしい。

 そんなことはとうにわかっていた。ただ私は、ピーが自分の意志で山に戻る日を待っているだけだったのだ。ただ、ピーについて弁明してやるならば、この小さな無力の野生は、我が家の周りのどんな飼い犬よりもおとなしく、どの飼い猫よりもマナーがよかった。朝からやかましくわめきたてることもなく、余所様の庭を我が物顔で掘り返すこともなく、この七日間、常に大自然の静謐を漂わせ、私の家に留まっていただけである。

 少なくとも、私はピーの存在が慰めになっていることに、いつしか慣れ始めていた。

 「それもそうだね。あたしは遠慮しときます。悲しくなるのはイヤだから☆」

 金魚の返信が届いたのはその日の夕方だった。金魚は別れを怖がっていたのだった。最初にピーを拾ったときから、こうなることはわかっていた。結局、損な役回りが私に回ってくる。

 「じゃあ、お別れのバーベキューをやろう。ピーを拾ってちょうど一週間目だし、山へはあさって俺がひとりで行くことにする。明日、10時に家へ来ること」
 「ラジャー、ブラジャー!!」

 ──フィフィフィフィ
 ピーのエサのおねだりが始まった。




9-2



 蛇の生殺しのように、降るのか降らないのかわからない半端な朝だった。
 O川を遡るとT市に行き着き、その最上流に神の名のつく谿谷がある。
 渓谷の周囲は深い森に囲まれ、わき出る水流の先には神が降ったと言われる険しい山々がそびえている。
 いにしえから、ここには多くの山の民が棲み、山の民として炭焼きや、鉱山開発、木地師などの雑技をなりわいとした。何が彼らを山奥へと誘い込んだのか?深い森だけが彼ら、鬼になった人々の歴史を知っている。

 遠い昔、山は落葉樹に覆われた深い暗渠であっただろう。近代の植林ですっかり杉山に変えられてしまった山々を見渡していると、おろかな人間のなりわいに茫然としてしまう。鮮烈な石清水を生み出してきた樹林の多くは失われ、元に戻すにはあと百年でも足りないだろう。あすなろとまで呼ばれ、林業従事者たちの希望の星だった杉や檜は、今や二束三文でしか売れなくなってしまった。巨大な深淵を抱え込む山脈は水源のさらなる上空で神のように押し黙っていた。











「金魚とピーとの七日間」は最終章まで完成しておりますが、ここで一応終わらせておきます。
と申しますのも、最後の別れはみなさまでそれぞれ想像していただきたいのです。
それが寂しい別れだったか、ハッピーエンドだったか・・・それは各人のきらめくようなご想像におまかせします。
本当の終わりは私と金魚だけが知っていればそれでいいのではないでしょうか?

ご愛読感謝申し上げます。 作者そうだじゅん




作品集の目次へはこちらから↓
http://6126.teacup.com/kawakatu/bbs?BD=14&CH=5&REV=1&REV=1&M=ORM&CID=19

















なんと暖かい夜であろうか。
晴れることやら、曇ることやらと、今日一日をやり過ごす中で、新春に咲くべき花たちがすでにほころび始めている。
なんとしたことであろうか。

庭に赤い実がなった。真弓の実である。
真弓は檀とも表記する。
弾力のあるその幹は過去、弓に使われたゆえに真弓と言う。

寒椿はつぼみをふくらませ始めている。
サザンカにメジロが群れ飛んでくる。
たわむれて密を吹いながら、つれだって飛び交う。


そういえば、ピーと出会ったのも、こんな雨のそぼ降ったあとの湿った山の吐息の中だった。
あれから私と金魚はふたりでピーを連れてバーベキューをしに神の名の付く渓谷へはいっていた。
炭をくべ、準備している間、ピーはそこらの樹木の小枝につかまってじっとなにかを考えていたようだった。
私は、金魚から犬のミックが腕にかみついた話を静かに聞いていた。
その腕を見ながら、実は彼女の二の腕の、うっすらと日焼けした肌をながめていた。

女の二の腕のたわみを見ていると、なぜか若かった母親を思い出すことがある。
そこには成熟した大人の女の生き様が現れているように感じることもある。
私は押し黙っていた。

その時突然にピーが激しい警告音を発しながら、一瞬のうちに炭の火に飛び込んできたように見えた。
はっとして見ると、ピーは飛び交っていた蝶をくちばしにしかっりとくわえていた。

金魚はそのときに多分、ピーとの別れを覚悟したに違いなかった。
「こういつはもう大人になったんだな」
私はポツリとそうつぶやいていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明くる日、私はあのピーを拾った山に向かっていた。
がけの下について、おもむろに虫かごを取り出し、崖のふもとにぽいっとおきざりにして見た。ピーは不思議そうな面持ちで、首を動かしていたが、急に決心したかのように虫かごの縁から崖に飛びついた。と思うと、ちょんちょんと、崖を登り始めたのだった。
私は驚きを隠しながらそれを、なぜかじっと静かに見守った。

野生の小鳥はもう大人になり、疲れることなく、着実に崖を飛び移りながら、上へ上へと上がってゆき、やがて頂上につくと、あっけなく、実にあっさりと、深い森の草むらへと消えていった。

私はたたずんでいた。
ただそれだけの別れだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どうしてこんなことを思い出したのかわからない。

あれから何度か山上湖に釣りに行った。
その中で一回だけ、立派なうぐいすに出会ったことがある。
空をついっと飛び交っていたそのウグイスは、私が止めた車の上にある電線にぴたりととまると、動かなくなったように見えた。

ふぃふぃふぃ・・・私はピーの口まねをしてみた。
FIFI!!
と、ウグイスが応えた。いや、そう思いこんだだけなのかも知れない。

あ、よかったな。言葉が小さく口からこぼれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本来なら二月に咲くろうばいの黄色い花が、すでに庭に咲き始めた。
今年はまったく暖かい。
来年はどんなことが起こるだろう。
いったい私と金魚はどうなっているだろう。
クリスマス・イブがやってくる。

2007年12月23日この物語は「ささいな大遭難ブログ」にて完結しておきました。
                                  
 筆者そうだじゅん輩

きんぎょとピーとの七日間

〜わたしが野鳥をひろった理由〜

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