HANDA  ELEMENTARY  SCHOOL



学校紹介
(昆布刈  稗田茂氏の話より)


(1) 校章の制定

      校章が制定されたのは、大正5年(6代目田中佐治郎校長)といわれる。
      それまでは、校章に関する記録・資料はない。なぜかはわからない。
      この年に制定された理由もわからない。

(2) 校章の意義
                           
  @三つの田について
    ア  三つの田は、三方から出て一つに合っている。
        この三つの方向は、高江川・米良川(現判田川)・立小野川を表す。本宮山から出た
       三つの川が一つにうまく合うところに判田がある。
    イ  三つの川に区切られて、上・中・下判田がある。この三つの判田地区が円満に合うと
        き「判田の里」は、全き姿で栄える。

  A「判」について
    「判」が円の中に書かれてあるのは、「まどか」「円満」「みとめる」「なかよく」「協力」というこ
    とである。
    心を一つに寄せ合って、各人各部が欠けるところのない心をもって、「一つの判田をつくる」
    ことを目指している。

  B三つの山と一つの円
    三つの山は、その時代の様子によって、自由に意味をもたせてよいそうである。
    そこで現在では、「美しい心(情緒)とたくましい実践力と責任感(自律心)」を表し、「生み出
    す(生産、創造)」という「円から発し円にかえる」という意味をもたせたいと考えている。そ 
    の中心に、常に「判田の子ども」がいる。
    


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