Jannu expedition '81

1981年秋の記録)

(第10回)
          
                       吉賀信市
 
      グンサ村


 
7.グサ 村

9月25日 晴れ一時雨

私たちがベースキャンプに予定している場所(ヤマタリ氷河上4800m)まではグンサから2日の行程となる。ここからの標高差は約1400mである。高度順応をしながら2日かけて登るのが順当であろう。

今日の行程はヤマタリ氷河の標高4500m付近までとなる。これまでの登山隊はここをBCとした場合が多い。ここからは約1100mもの標高差がありなるべく早く出発したい。

しかし、朝、村のリーダーと日当の再交渉をすることになった。彼らは1日目が30Rs/1日。2日目からは40Rs/1日を要求して来た。

私たちは昨日と同じく30Rsと34Rsが相場であると主張した。リーダーがその話を持ち帰り相談の結果、私たちの言い分でOKとの返事がきた。しかし、本日はキャラバンの装備(靴、服装)が揃っていないので明日からと言う。本日からキャラバン出発と昨日の昼ごろには知らせていたではないか。

仕方ない。本日は荷物のチェックをして休養日とする。休養と標高約3400mのグンサでも高度順応をすることも必要である。のんびりするとしよう。10時ごろ朝波Drはチェーワン(メールランナー)を伴い2人でタブレジョンまでの帰りのキャラバンに出発した。タブレジョンからは飛行機でカトマンドゥに飛ぶことになる。

       
               日向ぼっこ

4人しかいないのに1人減ると非常に淋しい気持ちになってしまう。近くの学校から子供たちの声が聞こえて来る。覗いてみると黒板を屋外に出して青空教室で授業中であった。

また、すぐ横の草原では木で作られた柵の中で二十数頭のヤクとゾが草を食んでいる。

柵の中に入り傍に近づいても草を食むのに夢中で危険は感じない。ヤクは全身を黒く長い毛で覆われバイソンのような立派な角を持っている。ゾは牛とほとんど変わらない。

       
               ヤク親子

12時ごろ、空のガスボンベ(15kg用)を金属棒で「カン、カン、カン」と叩いて授業の終わりと下校を知らせていた。その合図と同時に空には俄かに雲が広がり大粒の雨となった。

少ないが持って来たボールペン20本を学校に寄付しキャンプに戻る。

       
                学校

15時からアンテンバー(シェルパ)を伴い民家に食糧を買出しに出かける。何軒かの家の中に入って見たが部屋の間仕切りはどこも同じ作りである。入り口を入って左側に囲炉裏があり、常に火が燃えておりその上にやかんが吊るされて湯気を揚げている。家の中は薄暗くてよく見えない。しばらくすると目が慣れてよく見えるようになってきた。柱、板壁、天井板は煤で黒光りしている。部屋には大小各種の鍋、やかん、食器、チャンの容器その他、家財道具が整理されて床から天井まで置かれていた。

写真を撮りたいので話してみたが断られた。人々はチベット系にて主にチベット語を話すようである。ドライ・チーズやバターなどを購入して‘チャン’をご馳走になりながら家の中を見廻すと、黒光りする天井の梁から多くのチーズやバターが吊下げられていた。バターはヤクの皮袋にぎっしりと硬くなって入っていた。品物の値段は生産地であるのにカトマンドゥよりも高いようである。登山隊とみて足元を見るのかも知れないが、カトマンドゥから運んで来ることを考えれば安いと思う。買い物の代金を払う際、2Rs札の新札がまだ地方に出回っていないため不安がり受け取るのを嫌がった。帰り際、外の狭い畑にカリフラワーが目に付いたので無理を言って分けてもらう。

グンサ、ポーレには畑がほとんどないようで、ヤクやゾなどの家畜だけのようであるのに、どうして他の村と比較にならないほど豊かなのだろうか。ヤクやゾの放牧、その乳製品の販売でこのように違うのだろうか。チベットに近いので別の交易があるのか。いろいろと話をしたいが残念ながら言葉が喋れない。夕方、村のリーダーが10人ほどの男たちを連れてキャンプにやって来た。

彼らの言うには、「ベースキャンプまで隊荷を運ぶのに3日、薪を切って運ぶのに1日、計4日間を要す。したがって4日間のサラリーとして一人140Rsにしてくれ」と言う。…・「どうして4日間もかかるのか。賃金の件は今日の朝、決めたではないか」とノートに数字を書きながらカタコトの言葉でまた、賃金の交渉となる。

ごちゃごちゃと1時間ほど交渉した結果137.50Rsとなる。と言うことは34.375Rs/1日になる。なお、支払いは4日分支払うのではなく要した日数とする。また、薪(30kg)も同じ金額とする。なお、薪は枯れた倒木を用いるので薪そのものはタダである。つまり、BCまで荷物1個が68.75Rs(34.375Rs×2日)となる。朝、決めた金額より少しアップになる。どちらでも大差はないのだが困った人たちだ。

私たちは彼らに対し嘘を言ったり騙したりして不当な労働を強いるような要求はしてはいない。彼らは良く言えば商売の駆け引きに長けている。私も彼らの立場であれば同じ行動にでるかも知れない?いや約束は守るであろう。やはり、小遠征隊である我々を舐めているのが感じられる。

幾分むしゃくしゃするので「ゾを1頭買い肉でもたらふく喰うか」と言う話になる。「よし買った」とその夜、アンテンバーを伴い昼間に行った民家にヘッドランプを点けて出かける。家の中は昼と同じように薄暗い。囲炉裏の火と簡易ランプの明かりのみである。昼間より目が速く慣れて家の内が良く見える。

 左奥にラマ教の仏壇がありその前に経文の版木があるのが目に付いた。「これを買う。ハウマッチ」と買う気をにじませた。しかし、「これは売り物ではない」と断られた。

こちらも初めから売ってくれるとは思ってはいない。試してみただけである。

ゾの商談では1頭、20002300Rs(4000046000円)と言う。「よし分かった。明朝、実際に見て決める。キャンプに引いて来るように」と指示して真っ暗な夜道をヘッドランプの灯りを頼りにキャンプへと帰る。

ポーターには、6時にキャンプに来て準備し7時に出発する事の了解は取ってある。しかし、何時にくるか分からない。本日は休養日であったがなかなか大変な忙しい日であった。

注)

ヤク:高山にすむ牛の仲間で長い毛に覆われており寒さに強く立派な角を持つ。ネパールやチベットでは家畜として荷物を運んだり搾乳をしてチーズやバターなどの乳製品を作っている。また、毛では敷物などを織る。

ゾ :ヤクと牛の雑種。荷物を運搬したり耕作用として使われる。

(つづく)

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