正月はやはり九重だ        矢野誠治
 「正月は山でキャンプだ!温泉三昧だゾ!」という電話に、9月以来運動らしい運動もせず、逢う人逢う人「太ったねー」と言われ続けてきた私は、これぞチャンスとばかり、「イクイク、イッちゃうー」とAV女優のように一つ返事でOK!当然電話の相手はJR栗秋であることは言うまでもない。正月といえば年の始め、トレーニングを始めるきっかけには最高の日である。これからジックリと体重を落とし、今年の目標『5ステージ(スイム・クロスカントリー・カヌー・バイク・マラソン)』にむけてバッチリ体を作るのだとキッチリ誓いをたて、残された年末までの数日をシッカリ飲んで過ごした。

 さて元日の朝。「ケガして行けなくなった、法華院温泉山荘を予約してあるので一人で行ってくれ、挾間さんも夕方までに現地集合することになってるから」と言う。天気も安定しているし、どうせ家にいても飲んでしまうに違いないのでとりあえず考えられる山道具を全部ザックに詰込み(これが後で後悔することになる)とりあえず、日田の栗秋家を訪ねた。病院に行っているとのことで、おぞうにをいただきながら待っていると、ほどなくガーゼで傷を覆った痛々しい(本当はふきだすほど情無い)顔で戻ってきた。元旦早々日頃しつけない早朝ジョグなんぞをするものだから坂道で転び、割れた眼鏡で頬を切ったらしい。幸いたいした傷ではなく、痛みより、明日からの言訳の方が気になるくらいの怪我で、たいしたことはないようでホッとする。

 うらめしそうな栗秋兄を残し、長者原へ。さすがに国民の休日だけあって、国民の正しい観光地は車で一杯。かろうじて駐車場を確保し車をデポし、サアこれからすがもり越で法華院温泉まで2時間の山歩きである。

 途中でしっかり補給したカンビールと焼酎を含め15キロのザックが肩にくいこみ、出っ張った腹にはウエストベルトがくいこみ、久し振りの山歩きにいきなり汗が噴出し、呼吸が乱れる。日頃の不摂生を悔やみながらも、なんとか硫黄山への分岐につき一本立てるが、休むとさすがに真冬の1300メートル地点、上着無しでは寒い。これからはしばらくガレ場が続くので靴紐を締めなおしスパッツを付ける。雪が少ないのがありがたい。

 すがもり小屋で高いビールを一本ひっかけ、ザックなしで三俣山の中腹まで登るが、日田での小新年会で出発が遅れた上に、雪のためコースタイム以上に時間がかかる恐れもあり引返し、雪ダルマを作って遊んでいるカップルに冷ややかな視線を浴びせつつ、北千里浜を進む。最後の下りは北斜面のためガチガチで怖い。2〜3回尻もちをつきながらも無事に山荘につき、ホッとする。

 受付けをすませ、部屋にザックをおいて身軽になった体で、挾間兄を迎えに大船林道方面にいくが、擦れ違ったような気がして山荘に戻り待つことにする。ほどなく到着したが、何とナント、ランニングウエア姿である。しかも足もとを見るとグチャグチャのジョギングシューズ。筌ノ口温泉から千町無田を走り抜け、大船から大戸越を回ってきたという。水平距離にしても30キロ弱はあるはずである。大分CTCの最古参であるこの御仁まだまだカセキになってなどおらず、さすが山にかけてはバリバリの現役で、シーラカンスなんぞといっておると農薬を盛られてしまいそう! まあ嬉しい誤算でよかった!

 久し振りの『山のいで湯』につかり、再開を祝ってカンパイ!おまけになんとまたうれしい、正月のため八鹿の四斗樽が振舞われているではないか!ビール大瓶2本あけたあと、超大盛りの御飯をくい、さらにひとり4杯づつ樽酒をいただき、せっかく持ってきたからといってはカンビール2本・焼酎2合をしっかりと空け、ひじょうにごーじゃすな元旦の夜を過ごした。挾間兄の山とトライアスロンに対する『こだわり』にひさびさに感動の涙を流し、皆寝しずまった山小屋で最初ヒソヒソ、最後ワイワイとおさだまりのパターンで盛上がりそしてくじゅうの夜はふけていった。正月早々早くも酩酊!

 なすびをくわえた鷹が富士山の上を飛ぶ夢を見る間もなく一夜明け、氷点下10度位であろうか、いてついた空気が心地好い。午後から新年会の予定の挾間兄と山荘前で写真をパチリ。颯爽と駆けていく後ろ姿を見送り、私はまだ未登の大船山を目指す。坊がつるから見えるひときわ高くそびえるピーク付近には、時折ガスがかかるが、天気はなんとかもちそうである。沢の水をシグボトルに詰め、登り始める。平治との分岐からは、すぐに急登となるが、雪がアイスバーン状になっているので、ルートを少しはずし新雪の上を歩く。(自然保護のため、ルートを外すのは本来良くない事なのは分ってますが)しばらくすると展望もしだいに開け、眼下に坊がつるの草原が広がる。ボトルの水が若干二日酔いの体にしみこんで行くようだ。途中何人かのパーティーとであうが、みな空荷でありうらやましい。縦走者以外は麓にザックをおいてピストンするのが普通なのだろう。7キロオーバーの体+15キロのザックのハンディーがこたえる。やっとの思いで段原にでるが、ミヤマキリシマの群生にビッシリとついた霧氷が、回復してきた太陽にキラキラと反射し、筆舌に尽くしがたい美しさだ。いままでの苦労が一気にふっとぶ。

 小休止ののち最後のアルバイトである。約20分程深さ10センチぐらいの雪と、急な岩場と格闘すれば、いよいよ頂上である。1787.1メートル、360度の大パノラマが広がる。風も弱く最高の景色にしばしみとれる。阿蘇山から祖母・傾山群、さらには大分市・別府湾、そしてわが国東半島までうっすらと望めるではないか。こりゃぁ正月から縁起がいいや。(これで私が雨男でない事がはっきりしたでしょう)昨夜は隠しておいたスキットルのウイスキーに雪をほうりこんでひとりでカンパイ! ウグウグやめられまへんなー

 一度段原まで下り、今度は反対側の北大船を目指すが、ここは難無くクリアー。ここからは大戸越(うとんごし)というコル経由で坊がつるに戻るルートもあるが、挾間兄の忠告どうり元のコースへ戻る。

 さていよいよ下山となるが、アイゼンを付けていない私には恐怖の下りである。かぞえきれない位尻餅をつきながら、上りと同じ位の時間をかけてのんびりと下山する。某氏のように正月から怪我はしたくないもんね。

 坊がつるからは、グチャグチャのルートを選んだ事を後悔しながら、雨ケ池越コースを辿る。雨ケ池のベンチで昼食がてら大休止。ストーブとコッヘルをとりだしラーメンを作り、栗秋家で貰ったモチも投入する。なんとも季節感あふれる、うるとらすーぱーでりしゃすなラーメンであった。暖かなひだまりのなかで(それでもたぶん氷点下)ウイスキーの酔いも手伝いザックを枕にしばしまどろむ。

 ここちよい森の中を落葉をふみしめながら自然観察路をどんどん下だっていくと、あれだけ静かだった森の中まで下界の喧噪が聞こえてくるようになる。長者原はもう間近である。
 こうして私ののんびり一人旅の正月トレッキングは無事に終わったのだ。ほんのちょっぴり冬山登山のスリルも味わえ、山のいで湯も楽しめ、美味しいお酒も味わえ、シッカリ2日分の運動量も消化し、なんとも楽しい正月の2日間であった。

 やっぱり山はいいネ!

 その後キチンとカンビール持参で、星生温泉に直行したことはいうまでも無い。
            (平成6年1月1〜2日)

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