その2 1日8ケ所のはしご湯をするの記
 それは昨年の敬老の日であった。これから友人のところへ麻雀をしに行くという年老いた母と、その雀友の73歳のばあさんを畑中のK氏宅へ送りとどけると我々3人は一路気違いのごとく温泉行脚へ出発した。まさしく入湯とは老人のすることであり、麻雀は若者のする遊びであろう。それとまったく逆の事をしでかすのが我々の道楽なのであろう。

 まずは車は210号線を一路西へ走る。湯の平や湯布院の温泉地はやり過ごし、着いたところが久大線野矢駅である。我々の教科書と認めている美坂哲男の「山のいで湯行脚」によると野矢にも温泉があると書いてあった。早速駅員に聞くと、すぐ近くのところにあるという。小学校では丁度秋の運動会でにぎわっていた。管理をしている雑貨屋で100円を払ってすぐにとびこむ。やや熱めだが単純泉のいい湯だ。未知の温泉に入る楽しみ。浴槽が2人入ればいっぱいになる位でややせまい。朝の風呂は実にいい。ねむ気をさましてくれる。

 次は一路車は国道210号線を左に折れ宝泉寺温泉へと向かう。宮原沿線にはいい湯がいっぱいだ。いずれもひなぴた情趣があり、おもしろい。下の方から大分県側だけでも壁湯、生竜、宝泉寺、串野、川底とある。ところが、ここで見落とした温泉が1か所ある。宝泉寺温泉と川底温泉の間にある桐木(きるぎ)温泉である。部落の共同湯は道路の川をわたったところにひっそりと建っている。

 前回の時はここは入れなかったので、今日は何とかしてと期待して来た。すぐ前の家で来意をつげ何とか入らせてくれとたのむ。一般の人はお断わりしている、部落7戸だけの共同湯であるという。せっかく大分からこの湯に入りに来たと言ったところ、人のよさそうな夫婦が「それならうちの親戚だと言って入ればよかろう」といって鍵をわたしてくれた。やはり苦労が多ければ多いほど価値がある。期待にたがわずその桐木温泉はひなぴた、ほんとうに部落の生活に密着したものを感じた。

 我々がその風呂に入ることによって、その桐木部落の生活をのぞいた感じがしたし、みてはいけない領域を侵したんではなかろうかと思ってもみた。何という名前の人だかわからなかったが、確かに「うち」の親戚だということでその湯に入ることができた。あがってその「うち」なる人にていねいにあいさつをして、次へ向かった。

 車は大分県をすぎ熊本県へと入った。宮原線の熊本県側にもひなぴた温泉がたくさんある。3番目に訪れたのははげの湯温泉だった。いつも見なれたわいた山の裏側にあるこの温泉も旅館が一軒あるだけだ。入浴料30円、やや茶色っぽい湯だ。熊本弁の二人はジープで登って、湧蓋山を往復した帰りだという。

 そこをあとにして岳の湯へ。ここは民宿が2軒あるのみ。小さな店の前に共同湯があり100円。脱いでいる板の下から、ぬくい感じがしてくる。部落中が湯の中という感じだ。
 
 次は一度小国へ出て町をすぎて、満願寺川の小さな流れにそって部落があり、共同浴場はその小さな橋を渡ったたもとにあった。入浴料100円也。小川の水があふれた時にはこの温泉もつかってしまうのではないかと思われるくらいだ。外側には共同の洗い場の設備もあり、小さな旅館が1軒ひっそりと川添いにあった。麻雀で満貫が出るようにと満願寺におまいりをして部落をあとにする。

 さて、次なる温泉はどこへ行こうかと、5万分の1地図をくい入るようにみていたら「あった」、温泉の記号がある小田温泉とある。これにしょうと車を地図をたよりに走らせると、道沿いに民宿・夢の湯という小さな看板が要所毎に立っているのが目にがつく。その案内にそって行ってみると小田温泉がこの民宿「夢の湯」である。

 丁度敬老の日、敬老会を終えたばかりの近所の老人達が入湯に来ていた。入浴料の案内が又おもしろい。この付近の部落名を書いてそこに今住んでいる人は50円、その他の人は150円とあるのを、原住民は50円と書いてある。あっ現住民の間違いだろう。

 さて、次はここよりすぐ(車で10分)で田の原温泉着。共同湯は川添いにあり、入浴料100円。さすがこのへんまでくると脱いだり着たりのくりかえしがよだきい。又ぬぐのかと思いつつ、初めての田の原温泉を稼がねばという気持ちで湯につかる。数えて今日はこれで7ケ所目である。温泉としてはすこしよごれた感じで今日入った中では一番きたないように思えた。

 さて次はと車を走らせ、着いたところは黒川温泉で、さすがここまでくると正じき言って、もういいという感じだ。ようするに黒川はすでに何回も入ったことがあるのでパスをする。瀬の本をすぎ大分県にもどり一路車は久住高原へと向かう。

 赤川l温泉だ。前回も断わられたので今日は何とかと思いきやで、でてきたおばさん日く、浴槽に湯をためてないとのこと。残念だが次回事前に連絡して来ることにして町営の久住高原荘へ。ここはわかし湯だとのこと、だめだ、一路長湯温泉へと向かう。

 長湯に近づいたところに民宿「郷の湯」との看板が目に入る。わりと最近に出来たものか建物も新しい。温泉に入りたい旨を告げると気やすOKだ。どうぞお入りなさいとのこと、最後にきて又無料の湯にありつけたとは、温泉もつい昨年ボーリングに成功したとか。やや鉄分の多そうな茶色っぽい湯だった。もう今日はこれまでにしよう。タオルの乾く間もないくらいに次々と入り、疲れたようだ。長湯のカニ湯は又の楽しみにとっておこうと、車は一路ふりだしの大分へ。

 一日8ヶ所の温泉行脚で帰りに、今朝おろしたK氏宅に寄ってみれば、老人連中は麻雀に取り憑かれたのが、まだ延々とやっている最中だった。ほんとうの意味での敬老の日を楽しんだのは、はたしてどちらのグループだったのだろうか・・・・と考えさせられる一日だった。(昭和57年9月15日)

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